第231話 指輪の少女

 王国歴165年2月24日 夜 ノイエラント境界 ナレ砦にて――


 アリカタが魔族に勝利し、10人のサムライ達は勇躍して、外のノイエラント軍に報告に行く。

 魔族の討伐を祝し、イルマは早速ナレ砦の接収に取りかかる。

 ノイエラント軍は次々と砦の中に入り、階段、廊下、休息の部屋など、怪しいものが置かれていないか、徹底的に調べていく。


 1階を調査していたイルマは特に怪しいものは見つからなかった。

 ただ、奥の詰め所に一人の少女が倒れているのを発見する。

 その傍らにはアリカタが身じろぎもせずに立っていた。


「アリカタさん、その人は?」


「魔族に捕らえられていた人のようだ。左手に指輪をしてるのが気になる」


 イルマは少女に近寄り、息があることを確認する。

 すぐに、部下たちに馬車へ運ぶよう命令を出す。


 砦にはグラビッツを司令官とし、第2中隊の50名が残ることになった。

 ナレ砦で捕らえられた兵士達は、馬車で村に運ばれていく。

 イルマは撤収を命じ、船を使って帰ることになった。


 砦を出て2日後に、少女が目を覚ます。

 ただ、自分の身に何が起こったのか分からず、戸惑ったままだった。

 イルマが優しく聞き出したところによれば、シュトラント領からクリッペン地区へ働きに来たということだった。


「シュトラントは、貴族もそうだけど盗賊も酷いもんだよ」


 治安の悪化を怒りながら教えてくれるのだった。


 ノイエラント、クリッペン地区(元クリッペン村)につくと、イルマとアリカタはすぐにミリアを協会へ連れて行く。

 アンドレア神父の教会は、つい最近完成したばかりで、煉瓦を白く縫っているところが特徴的である。

 50m四方の教会は尖塔が1つだけで、茶色い屋根で覆われた礼拝堂が繋がっている。


 アリカタは教会に入ると、アンドレア神父から聖水を分けてもらい、ミリアの手に数滴かける。

 すぐにミリアの手から、白い煙が上がる。


「ね、すっごく痛い! それ何なの?」


 アリカタはそれには答えず、シスター長を呼び、耳元でささやく。

 シスター長は一瞬驚いた様子を見せるが、すぐにいつものように笑顔になり、少女を別室に案内する。


「さあ、身体の具合をみましょうね」


 シスター長に促され、少女はベッドにゆっくりと横たわり、目を瞑る。


「ところで、お嬢さんのお名前は?」


「ミリアっていいます」


 シスター長はミリアの身体を詳細に調べると、一瞬だけ顔を曇らせる。

 けれども、すぐに明るい声でミリアに終わったことを知らせる。

 シスター長はすぐにレオンシュタインとアリカタに結果を伝える。

 ミリアは気を取り直して、その場にいる人たちに笑顔で挨拶をする。


「ここって、ノイエラントなんですか? 私、いつの間に来たんだろ?」


 レオンシュタインがノイエラントだと教えると、ミリアは張り切って働きたいことを伝えてくる。


「私、何でもやるよ。とにかく、お金を稼いで弟や妹たちに送らなきゃ!」


 やる気に溢れた瞳を悲しげに見つめながら、レオンシュタインはそれはできないことをミリアに伝える。


「えっ? 何で? 私、身体は丈夫な方なんだよ」


 しばらく部屋を沈黙が支配する。

 誰も何も言うことができない。

 やがて、アリカタが重い口を開く。


「魔族の子を身ごもっているからだ」


 ミリアは何を言っているのか分からないといった風に、アリカタを見つめ直す。


「私、魔族なんかと……そんなことしないよ」


 アリカタは無表情のまま、


「その指輪は、どうした?」


 と確認する。


「かっこいいイケメンから、この指輪は君に似合うとか言われて、薬指につけてもらったの」


 ミリアは笑顔でその指輪を見つめる。


「恐らくその後だろう。まず、落ち着いて聞いてくれ。さっき、シスターに君の身体を調べてもらったんだ。……妊娠している」


「は?」


「魔族で間違いない。鼓動が違いすぎるそうだ。魔物であれば、10日前後で生まれてくる。今日で3日目。あと、7日だ」


「……わたし死ぬの? 私、この前、16歳になったばかりなんだよ? なんで?」


 涙が溢れ、頭を振りながら、ミリアは泣き叫ぶ。

 シスター長は、ゆっくりと落ち着けるようにハーブの袋を差し出すが、ミリアの興奮は収まらない。


「どうにもならないの?」


「ならない」


 アリカタは、相変わらず冷静な口調のまま答える。

 周りの様子を見て、ミリアはようやく、これが夢ではなく、現実であることが分かる。

 シスター長は魔法を唱えると、ミリアは泣きながら眠ってしまった。


 誰にも、どうにもできないことが、みんなの気持ちを重くする。

 ミリアのことをシスター長に任すと、一行はその場を去り、レオンシュタインの丸太小屋へと移動する。

 けれども、その日は気持ちが重く、それぞれ仕事が捗らないのだった。


 次の朝、教会から連絡があり、レオンシュタイン、シノ、レネ、ティアナは走って教会まで行くと、急いで教会のドアを開ける。

 多くの教会の窓が壊されており、今また1つの窓に木の棒が投げつけられる。

 ガラスの壊れる音が静かな教会に響いていく。


「やめなさい!」


「うるさい! あんたに私の気持ちが分かるわけない!」


 そういいながら、また近くのガラス窓にコップを投げつけようとする。

 レオンシュタインは側に寄って、腕を押さえる。


「止めるんだ」


 穏やかな声を聞き、ミリアは手からコップを落とし、涙を流す。


「どうぜ助からないなら、ひと思いに殺してよ」


「でも、今は生きている。……残りの日々を大切にして欲しいんだ」


 レオンシュタインの真剣な表情を、ミリアは鼻で笑う。

 目に悲しみが渦巻いていた。


「かっこいいこと言ってんじゃないわよ! 私はあと6日で死ぬの。だったら……」


 そう言うと壊したテーブルの横に落ちていたナイフで、自分の喉を突こうとする。

 その瞬間、レオンシュタインはそのナイフの刃を右手で掴む。


「レオン!」


 ティアナが叫ぶが、レオンシュタインは意に介さない。

 右手から鮮血がほとばしるが、ナイフをぎゅっと握って離さなかった。


「ど、どうして?」


 ミリアはナイフから手を離したため、レオンシュタインもナイフから手を離す。

 真っ赤な血が床に広がっていく。

 すぐにシスターがやってきて、レオンシュタインの手を治療する。


「あと6日を泣いて暮らすか、笑って暮らすかは君次第なんだ。……格好つけてごめん。でも、ぼくは君に笑ってほしい」


 レオンシュタインは今にも泣きそうな表情になる。

 でも、少しでもこの少女に生きていてほしい。


「ミリア! 君が死ぬまでにやりたいことを100個、見つけてくれないか! ぼくはそれを全力でかなえる。約束する!」


 そのあまりの語気の強さに、ミリアは圧倒される。

 でも、感情が納得することを許さない。


 結局、その日もミリアはシスターに魔法で眠らされるのだった。

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