第239話 港を造るぞ→いや、無理!

 王国歴165年4月上旬 会議が終了した丸太小屋の前にて――


「あの硬い山を削るのは……なあ」


 ディーヴァとオイゲンは会議でも妙案が浮かばず、気を取り直そうと喫茶『ミルク娘』を訪れる。


「わあ、いらしゃい」


 アイシャの笑顔に二人は救われたように、ほっとする。

 カウンターの奥では、魔法院院長のマーニがコーヒーを楽しんでいる真っ最中だった。

 マーニは、二人に会釈をすると、読みかけの本に目を戻す。

 ミルク娘は、コーヒー一杯で何時間でもいられるため、長時間の客も多かった。

 アイシャはそれを全く気にせず、自分ものんびりと過ごしているのだった。


 二人はゆっくりとコーヒーが来るのを待ちながら、港の話を続けていた。


「削るのは、手作業でも出来ないことはないが3年はかかるだろうな」


「もう少し早くしたいが……。中々、いい手はないなあ」


 ディーヴァもオイゲンも一流の技術者なのだが、その知見をもってしても、すぐに港を完成させる妙案は出てこなかった。


「は~い、お待たせ。ディーヴァさんは砂糖ちょっぴり、オイゲンさんは、たっぷりでしたね」


 目の前に置かれたティーカップからは、濃いコーヒーの香りが漂う。

 二人は十分に香りを楽しんだ後、粉が下に沈むのを待って一口啜る。


「美味い!」


 目が醒めるような濃さのコーヒーが、二人の胃の中に流れ込んでいく。

 何分もしないうちに、二人のカップはコーヒーのカスだけになってしまう。


「アイシャさ~ん、コーヒーお代わりね」


 アイシャは笑顔で頷くと、カップを片付け、すぐに二杯目の準備に取り掛かる。


「それにしても、ノイエラントが誇る天才二人を悩ます問題って何かしら?」


 鍋にコーヒーを入れながら、首を傾げる。

 二人は、山が硬くて港の建設が難しいことを、アイシャに切々と訴えるのだった。


「ねえ、マーニさん。何かいい知恵はない?」


 身体の向きを車椅子ごと変えて、手作りクッキーをマーニのカウンターに置く。


「山が硬いと何でダメなのかねえ」


「そりゃあ、岩を砕くのが難しいからさ」


 それを聞くとマーニの目がきらっと光る。


「お二人さん。その岩を削る方法を知ってるといえば?」


 二人はマーニに飛びつかんばかりに近寄っていく。


「マーニさん、是非!」


 二人の必死な様子を見て、マーニは笑顔に戻る。


「実は土の魔法にディックというものがあってね、それは土や岩を掘ることができる術なんだ。まあ、魔力量によって掘れる量は変わってくるけどね」


 二人の頬に赤みが差してくる。


「マーニさん。その魔法は岩が硬くても大丈夫なんですか?」


「多分、大丈夫だと思うけど、やってみないことにはねえ」


 魔力にそんな使い方があることを知らなかった二人は、それに一筋の光明を見出す。

 詳しく説明を聞くと、マーニの魔法院で適性を調べた中に、土魔法が使える人が5人いるとのことだった。

 しかも、一人はあのルカスだというのだ。


「あのルカスさんっていう人、かなりの魔力量だよ。ずっと、土と格闘してきたから、その扱いに長けてるんだろうねえ。魔法が土地を耕すのに使えないかって、私に相談に来たのがきっかけだったよ」


「あと、4人は若い子たちだよ。興味本位でやって来て、自分に適性があるってわかったら嬉しそうだったね。確かヴァルディック領の人たちだったかね。きっと、そんなに魔法を使えるかなんて調べることもなかっただろうし」


 自分が副学院長だった頃を思い出すのだろう。

 マーニはやや苦い顔つきになる。


「マーニさん。その人たちに作業を依頼できないでしょうか?」


 オイゲンは目を輝かせる。

 これは港のみならず、自分の水道づくりにも大いに役立つ。

 どうして、それが今まで広がらなかったのだろうか。


「それはねえ、魔法は貴族が独占していたからさ。一般の人は魔法で解呪などを依頼することはあっても、習おうなんて思う人はそんなにいなかったし、お金もかかったからね」


 ノイエラントの面々は、貴族であっても魔法を使えない面々が揃っていたから、その有効性に気づかなかったともいえる。


「じゃあ、すぐにでも作業にかかりたいんだけど」


「わかった。5人に声をかけとくよ。3日後の昼に魔法院に来てくれるかい?」


 そう言うとマーニは、静かにアイシャの店を出て行った。


「よかったね。悩みが解決した?」


 アイシャの言葉にオイゲンは何度も何度も頷きながら、ディーヴァの肩を荒々しく叩く。

 ディーヴァもオイゲンの腹を拳で叩き続ける。


「アイシャさんのおかげだ。本当にありがとう」


「わ、私なんか、何にもしてないよ」


 アイシャは恥ずかしそうに笑うと、カップの後片付けを始める。

 二人は何度も何度もお礼を言いながら、アイシャの店を去って行った。

 テーブルの上には通常の10倍のチップが置かれていた。


 3日後に2人は、馬車を2台準備すると、レオンシュタインとティアナを乗せて、マーニの魔法学院に行く。


 門の前に、マーニと5人が待っていて、馬車に向かって手を振ってくる。

 挨拶もそこそこに、全員が二つの馬車に乗り込み、海岸まで移動する。

 馬車から降りると、全員の目の前に大海原と切り立った崖が広がっていた。


「ここに港を造るんだって? 凄えなあ」


 ルカスは頭をかきながら、その壮大な計画に感動していた。


「造るのはルカスさんたちだ。それにしてもルカスさん、魔法ができるとは知らなかったな」


「俺も知ったのは最近さ」


 ルカスとオイゲンは話しながら崖に近づいて行く。

 他のメンバーも寒さに震えながら、後をついていった。

 作業現場は、左手に海、右手には、ほぼ垂直の崖がそびえ立ち、一番高いところは100mを優に超えているように見える。


「マーニさん、本当にこれが削れるんですか?」


 足で崖を蹴りながら、オイゲンは半信半疑の様子だった。

 とてもではないが、固すぎて削れそうもない。

 マーニはにっこりすると、ルカスを手招きする。


「じゃあ、ルカスさん。やってみてください」


「おう!」


 早速呪文を唱えると、崖の一部がぼんやりと光り始める。

 やがて、その大きさは50cmほどに広がり、やがて元どおりに小さくなっていく。

 表面に大きな変化は見られない。


「オイゲンさん。光っていた場所を掘ってみてください」


 オイゲンはスコップで恐る恐る岩のあたりをつついてみる。

 すると、スコップの先がザックリと音を立てて、岩壁にめり込む。


「お!」


 さらに押し込み、詰まっていた小石をかき出す。

 2cmほどの小石が、ギャリギャリと音を立てて、足元に落ちていく。

 岩壁は50cm程度の半円状に削れていた。


「こりゃあ、凄い!」


 ルカスは続けて3つほどの穴を開けると、そこで魔力が切れてしまった。

 他の若者たちは、大体20cmほどの穴を2つ空けると、そこで魔力が切れてしまった。

 崖には、1mほどの穴が開いただけだった。

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