第235話 王国の異変

 王国歴165年3月上旬 午後2時 ユラニア王城 朝の定例会議 大広間にて―――


「次は首都長官ルドルフ卿から献策が出されております」


 ルドルフは、いつものように淡々と献策を述べる。


「今回、我が領土からシュトラントまでの定期船便を出すことによって、荒廃したシュトラントの国土を回復できると考えております。そのため、我が領土に港を建設したいと考えております」


 宰相のマザリン卿は低い声でその献策を褒め称える。


「シュトラントの復興はよきこと。ルドルフ卿は正しい見識をお持ちだ」


 以前のカミソリのような切れ味の答弁はめっきりと減ってきている上に、自分が気に入らない案件に関しては徹底して反対するようになっていた。

 オットー卿(ヴェルレ公爵)も珍しく賛成する。


「シュトラントには早く復興してもらい、ヴァルデック領およびクリッペン村を陥落させてもらいたいものだ」


 ルドルフ卿は黙って頭を下げ、献策は了承される。

 次はオットー卿の献策である。


「実は我が魔法兵団の副団長が反乱の企てをしておりました。その証拠がこちらでございます」


 閣僚に手渡された書類には、反乱の企てをした旨の自白書が提出されていた。

 所々、赤いシミが見えるのは、恐らく血であろう。

 周囲の閣僚は一様に眉をひそめる。


「確かに副団長の筆跡だが、これが証拠と言えるだろうか?」


 閣僚の一人が疑問を呈するが、宰相がそれに異を唱える。


「無謀な企てを後悔し、オットー卿に自白書を出したとあれば、これ以上の証拠はありませんな」


 会議場に動揺が広がる。

 これでは、えん罪が作り放題ではないか。

 そんな中、首都防衛を担っているルドルフ卿が防衛力の低下を指摘する。


「先月も魔法兵団副団長に粛正が行われ、今月も同様となれば、魔法兵団の力が低下しましょう。それは、各国からの侵攻を誘発し、対魔族に対しても攻撃力の低下が避けられません。再度、副団長の取り調べを行ってからでも遅くはないのではありませんか」


 オットー卿は残忍な笑みを浮かべながら、


「それは無理だ。副団長はすでに自死されておる」


 と、冷静に言い放つと、周囲の閣僚からは非難の声が次々と上がる。

 先月も同じ事が起こっており、詳細を調べる前に関係者が無くなってしまっている。

 すると、それまで黙っていたユラニア王が突如、声を上げる。


「副団長の一族は処刑。その処置についてはオットー卿に一任する」


「はっ」


 どうして、もっと詳細を調べないのか不思議でならない閣僚達だが、王が決断してしまっては誰も口を挟めない。

 しかも、一族は処刑されることになり、処置も前回と同じオットー卿である。

 そのとき、ルドルフ卿はヤスミンの話したことが急に脳裏に浮かんできた。


(ヴェルレ公爵って魔族の手下なの?)


(考えてみれば、最近おかしな事が多い。魔法兵団副団長の相次ぐ処刑。どちらも、魔族がらみとなれば、冷静な判断が出来なくなるのは確かだ。疑えば切りがないが、どうにも気になる)


 会議が終わってからも、そのことが頭から離れないルドルフ卿だった。


§


 その頃、ヤスミンとフリッツは、グライフ領の首都の街並みを楽しんでいた。

 さすがに首都だけあり、人の賑わいが凄い。

 路上にもたくさんのお店が出店しており、市庁舎周辺は休日でもないのに、人で溢れていた。

 ヤスミンはお菓子屋を物色するのに余念がない。

 シュニーバルやシュトーレンが店先で売られているのを笑顔で眺めつつ、喫茶店の一つに入り、コーヒーとメニューの一番上にあるイチジクのドライフルーツを指差す。


「フリッツ。早く村へ帰ろうよ」


 ヤスミンは窓の外の喧噪を眺めながらあくびをする。

 窓の外は喧噪で賑やかなのに、何がつまらないのだろう。


「ヤスミン。レオンさんに会いたくなったのか?」


 そこにウェイトレスの女の子がコーヒーとドライフルーツを目の前に置く。

 コーヒーの香りまで違うような気がする。


「それもあるけど、何だかつまらない。村だとさ、ルカスさんの林檎や葡萄のドライフルーツが美味しいし、ローレさんが作ってくれるお菓子も美味しい」


 少し薄いコーヒーを啜りながら、イチジクに手を伸ばす。

 カリカリとした食感で固く、ルカスがつくっているものよりも甘くない。


「それに、アルベルト組の路上パフォーマンスもない。村の道で、いきなりマジックをしたり、フリーズパフォーマンスをしたり。それを見ながら歩いているだけで楽しい。ここは、本屋もないし、マッサージ店もない。それに、お風呂だってない」


 お菓子以外にも好きなものが増えてきたのだろう。

 ヤスミンの目が輝き、遠くを見つめていた。


「私もそう思ったよ。村のエールが飲みたいね。それに、みんなに会って、肉のパーティーをしたり、誰かの夢を応援したり……」


 そこまで話して、フリッツはコーヒーカップをテーブルに置く。


「とりあえず、再侵攻の兆候があるかどうかだけは掴んでおきたい」


 少しずつ雪が舞い散るようになった王国は、一層寒さを感じられるようになった。

 一刻も早く帰りたい2人だったが、王国には様々な異変が起こりつつあるのだった。

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