第234話 アラビアンナイトにはまだ遠い
王国歴165年2月下旬 夕方 ウルリッヒ卿の城 パーティー会場にて――――
立食式の夕食となったため、あまり形式に囚われないものとなる。
ただ、揃えられた食べ物は豊富であり、パン、チーズ、卵料理、肉、魚介の他、各種のフルーツ、そしてケーキが取りそろえられていた。
しかも、驚くべき事に、そこにはルドルフ卿の家族も出席していた。
妻と長男、次男、長女、次女の5人が揃って挨拶をする。
フリッツとヤスミンも作法通りの挨拶を済ませる。
ヤスミンは、長女のゾフィーと次女のエミリアにつかまり、質問攻めに遭ってしまう。
「ヤスミンさんは、どちらの国のご出身なのですか?」
「今までどんな冒険をしてきたのですか?」
今まで、公女と話したことのないヤスミンは、様々な質問に律儀に答えてしまう。
「ヤスミンさんって面白い~」
「それに可愛い~」
公女も十分に可愛いとヤスミンは思うのだが、周囲から見ればヤスミンはさらに美しく見えるのだろう。
何と言っても、褐色の肌はエキゾチックさを感じさせるし、銀色の髪も美しさを更に引き立てている。
「ヤスミンさん、実はあなたに着ていただきたい服があるのですが」
引っ張られるままに別室に連れて行かれるヤスミンだった。
それを見ていたルドルフ卿は苦笑いをしながら、フリッツに近寄っていく。
「あまり同い年の子たちと交流がないものですから、申し訳ありません」
帝都の貴族学校には通わせていないのだとルドルフ卿は話す。
「本当は普通の学校に通わせたかったのです。多様性によって自分の知らなかった価値を得られるし、成長もしていくと私は信じています。そういえば、フリッツ殿の村では大学を設立中ではありませんか?」
「どうして、それを?」
「バルバトラス教授がいるなら、絶対に設立するだろうと思っていたからです。私もバルバトラス先生から法律を学びました。あの大学でバルバトラス殿に学んだことは私の生涯の宝物です」
ボーイを呼び、赤ワインを受け取ると、軽く口に含み、その香りを楽しむ。
「そういえば、ルドルフ卿に1つお願いがありまして」
「ほう、何でしょう。私に叶えられることであれば良いのですが」
ルドルフの目から柔らかさが消え、次期当主としての威厳が自然に現れる。
フリッツも腹に力を入れて、気圧されないように笑顔をつくる。
「実は私たちの村からグライフ領まで、交易の船を走らせたいと思っています」
「ほう、交易……ですか」
面白そうな話に、ルドルフ卿はフリッツに椅子を勧め、自分も近くの椅子に腰掛ける。
「現在、我が村の近くからヴァルデック領の国境モーリッツまで交易船を走らせています。ただ、それより北側は馬車に頼ることになり、効率が悪くなるのです」
「ふむ」
「そこで、グライフ領側に交易船の港を作らせていただけないでしょうか? 港作りの代金はこちらで用意します」
フリッツはまっすぐにルドルフ卿の目を見つめていた。
「確かに交易ができれば、互いに足りないものを補うことが出来そうですね。ただ、コムニッツ領、シュトラント領に関してはどうするつもりですか?」
「その2つに関しては、ルドルフ様よりお口添えいただけないかと。交渉への対価も用意します。いかがでしょう?」
レオンシュタインの領土と交易を持つことは一種の賭だと考えるルドルフは即答できなかった。
ただ、交易の話自体は悪いことではない。
今年はユラニア王国が豊作だったため、他の地域に手軽に食料を売りに行ければと思っていたルドルフだった。
そのことによって農民の所得も上がるだろう。
話を聞くと、風にもよるがクリッペン村からグライフ領首都バウツェンまで9日から12日で到着できるとのことだった。
グライフ領からクリッペン村へは、上流に行くこともあり、12日から15日ほどかかる。
それでも、今までと比べると二分の一か三分の一の期間で到達できる。
問題は、王国はクリッペン村への侵攻を許可していることである。
現在はシュトラント領、エッシェベルク領はレオンシュタイン側と停戦しており、ハードルは低い。
コムニッツ領は、もともと交易を増やしたいと常々グライフ領に申し入れているほどであり、可能性はある。
「まずは、港を建設してもらえませんか? そのあと、外交を進めていこうと思います。すぐには無理ですね」
やや後ろ向きな回答に、フリッツは、
「クリッペン村ではなくシュトラントと交易を進めたい、というのはどうですか?」
と、1つの提案をする。
よほどの監視体制を敷かれなければ、クリッペン村から来ているとは分からない。
しばらくは、エッシェベルク領で積み替えをしてもいいだろう。
「なかなかですねえ」
フリッツの悪巧みを褒め、ニヤリと笑う。
「グライフ領は、シュトラント領やエッシェベルク領との交易を進めるために、港を建設したいと上奏しよう。もちろん、戦で傷ついた領土の回復という名目をつけて」
ルドルフの案を聞き、フリッツは頭を下げる。
顔を上げると、ルドルフが赤ワインを勧めていたため、それを受け取りカチンとワイングラスをぶつける。
豊穣な赤ワインの香りが喉を通っていく。
ちょうどそこにヤスミンが戻ってくると、会場が大きなどよめきに包まれる。
周りがざわめいたのも無理は無く、千一夜物語に出てきそうなサーシャーン王国の姫君といった格好である。
サーシャーン王国は、ユラニア王国の東に位置する大国である。
ただ、交易は細々とあるものの、国交はどの国もほとんど結んでいないのが現状であった。
「ヤ、ヤスミン……」
上から下までエメラルドグリーンで統一された衣装で、フェイスベールには宝石が散りばめられている。
肩とおへそ周りが大きく出た上着と、コインやフリンジがついたヒップスカーフが腰に揺れて、シャランシャランと音を立てる。
下はハーレムパンツという上が広がり裾がしまったパンツで異国感が半端ない。
けれども、その全てがヤスミンにはぴったりと似合ってしまう。
「おお~」
歩く度に感嘆の声が食事会場に響き渡る。
当のヤスミンは恥ずかしさを我慢しながらフリッツの側まで歩いてくる。
「フリッツ……どうだろう?」
「……お姫様みたいに見えるよ」
サーシャーン王国の姫君だと紹介されてもおかしくない容姿と、みんなの注目を集めてしまう胸。
ヤスミンは巨乳とまではいかないけれども、十分に破壊力のある胸を持ち合わせていた。
会場の紳士達はその胸にも注目してしまう。
「ねえ、兄様。ヤスミンさんって素敵じゃない?」
長男ユリウス、次男カールは口を開けて見とれてしまい、ヤスミンから目が離せない。
当のヤスミンはケーキを置いてあるテーブルに歩いて行くと、遅れたとばかりにケーキを食し始める。
フェイスベールを外し、まさに一心不乱に食べ続ける。
「これは、シュトーレン? 乾燥フルーツが美味しい!」
王国の姫様には、なれそうもないヤスミンだった
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