第228話 ティアナの帰還

王国歴165年2月19日 襲撃のあった日の夕方 ノイエラント 村長室前の広場にて――


「レオン殿、無事にティアナさんを連れて参りました」


 レオンシュタインやレネなど、村に残っているメンバーは総出でフォルカーを出迎える。

 しかし、馬車はなく、馬上にもティアナの姿はない。


「フォルカーさん、ティアはどこに?」


 レオンシュタインがそう尋ねた瞬間、荷車に掛けていた布を払い、ティアナが立ち上がる。


「ここですよ~」


 腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべながら、出迎えの人たちを見下ろしていた。

 思ったよりも元気そうで、レオンシュタインはほっとし、近くに寄っていく。

 ティアナは、荷車から飛び下りて地面に立つ……が、よろけてレオンシュタインに寄りかかってしまう。

 レオンシュタインは、そっと抱きしめて、


「おかえり、ティア」


 と、いつもより優しく語りかける。


「え? レオン? な、何だか、恥ずかしいかも」


 いつも、自分から抱きつくことの多いティアナは、逆の立場になり顔を赤らめる。

 しかも、シキシマにいたときの気持ちも思い出してしまい、ますます動揺するティアナだった。

 周囲で見ている出迎えメンバー達は、微笑ましくその様子を眺めつつ、みんなほっとした様子を見せる。


 それを嬉しそうに見ていたフォルカーは、急に目の前が暗くなる。


「フォルカー!」


 近くにいたグラビッツが駆け寄り、肩を貸す。


「し、師匠……」


 一緒に村に来たサムライの一人が、手を貸しつつ、昨日までの奮闘を話す。


「フォルカー様は、ここに着くまで、ほとんど寝てないんです。それに、魔族との戦いも勝利に導いて……。凄い人です」


 グラビッツはサムライに手伝ってもらいながら、フォルカーを背負うことにする。


「フォルカー。よくやった」


「師匠に……褒めら……初め……」


 グラビッツの背中で、ガクリと首を倒すと、そのまま眠ってしまった。


「フォルカーさん」


 ティアナも心配のあまり寄ってくる。

 10名のサムライを指揮し、たった一人で魔族を倒す、その知謀や剣の技量は並大抵ではない。

 グラビッツに背負われながら、フォルカーは近くの宿屋まで運ばれていった。

 他のサムライ達も宿に案内され、村長小屋の前はレオンシュタインとティアナだけになる。


「さ、ティアも休まないと」


 レオンシュタインはティアナを促し、ティアナの家まで送ろうとするが、ティアナはスタスタと村長室に向かって歩き始めた。


「ちょ、ティア!」


 ティアナを追いかけて小屋に入ると、ティアナは村長室の二階へ上っていき、階段の隙間からレオンシュタインを手招きする。

 レオンシュタインが階段を上り、西二階の寝室に入る。

 ティアナは、いつもレオンシュタインが眠っているベッドに腰掛け、魔法で仮面を取り除く。

 そうして、自分が座っている場所の横をぽんぽんと叩き、ここに座れと無言の圧力を加えてくる。

 よく見ると、ティアナは少し痩せているのが分かったが、それがまた美しさを増しているような感じも受けるレオンシュタインだった。


 レオンシュタインが横に座ると、横からティアナが腰の部分に突撃してくる。


「レオン……。怖かった、怖かったよう」


 堰を切ったように、ティアナは大きな声で泣き始める。

 魔族の目に見つめられ、とても気持ち悪かったこと、熱が出て具合が悪いとき、近くにレオンシュタインがいなかったことを泣きじゃくりながら告げる。

 それを見ながらレオンシュタインは昔のことを思い出す。


 熱が出て具合が悪いときには、勝手にレオンシュタインのベッドで休みながら泣いていたことを。

 物心がついた頃には両親と別れて、顔も絵だけしかなかったティアナだった。

 誰かにすがりたくても、そのすがりつくものがないのだ。


「ティア。何か食べる?」


 金髪を優しく撫でながら、昔は笑顔をもたらすことが出来たやり方を試してみる。


「うん、林檎……」


 それを聞き、下にある林檎を取りに行こうとベッドから立つと、ティアナが猛抗議をしてくる。


「レオンがいなくなるの? だったらいらない!」


 また、ぎゅうっと腹の辺りを押さえつける。

 本当に久しぶりに我が儘が炸裂する。

 いつもは自分より他人を優先するティアナなのだが、今日だけは無理のようだった。

 レオンシュタインは微笑むと、またティアナの髪をなで始める。


「大丈夫。ずっといる。約束」


「絶対だよ。レオン。約束だからね」


 そう言うと、ようやくほっとしたのか、ベッドの中に身体を横たえる。

 その瞬間、すぐに可愛らしい寝息を立てて、眠りにつくティアナだった。

 レオンシュタインは、そのベッドの横に腰を下ろすと、ベッドの横にある木のストッパーに頭をもたれかける。


「本当に……よかった」


 その後も、ティアナの顔をちらちらと眺めながら、一晩中、側にいたレオンシュタインだった。

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