第227話 襲撃

 王国歴165年2月15日 朝 シキシマ国 ヤマトの宿屋にて――


 ようやくティアナの熱が下がり、一人で歩けるようになってきた。

 廊下を歩きながら中庭を眺めたり、食堂に行ってお粥を出してもらったりと、自由に過ごしていた。

 それは、いいのだが一人で外出しようとするので、フォルカーは一苦労だ。


「何で? いいでしょ。少しくらい」


 ティアナは久しぶりのヤマトの街並を楽しみたいのに、フォルカーは頑として譲らない。

 身体を張って、外出を止めようと立ちふさがる。


「ティアナさん。熱が下がったばかりなんッスよ。無茶言わんでください!」


 フォルカーの困った顔を見ると、ティアナも出かけたいとは言えなくなってしまう。

 結局、宿の中を隅々まで見て回ることで、好奇心を満足させるティアナなのだった。

 

 フォルカーはティアナの体調が改善してきたため、一刻も早くノイエラントに戻ろうと考えていた。


(魔族は倒したけど、あの目玉が気になるッス。ノイエラントの方が安全だし、王国の出方も気になる)


 そもそも、ティアナを手に入れたいのは王国という認識でいいのか判断がつかない。


 ティアナに宿から出ないように厳命し、フォルカーはカゲツナの館に向かう。

 カゲツナの屋敷には、魔族に対抗する武器や道具が備えられている。

 ヤマトの行政長官ともなると、対応すべき事が多岐にわたっているのだ。


 フォルカーは数日前からカゲツナと打ち合わせをし、封魔香を買い付けられる分を買い付け、そのほか魔族に対抗できるものは何でも購入していた。

 

 今日は今まで案内されていなかった倉庫の奥に案内される。

 倉庫の壁に一際目立つ朱色の矢が掛けてあり、破魔矢だと説明を受ける。

 魔族の擬態を暴き、大きなダメージを与えることが出来るそうで数多く購入する。


 もう1つ、フォルカーが購入したものは、封魔の指輪だった。

 何でも、火を使わなくても付けているだけで封魔香の効果を発揮するらしい。


「効果は約1ヶ月。一度付けたら、効果が切れるまで指から取れないです」


 カゲツナは、大金貨1枚(約1000万円)が相場だとフォルカーに話す。

 フォルカーは顎に手をやり、熟考する。


(これは、その価値がある。独断と言われようが、購入ッス!)


 後払いを約束し、1つだけ手に入れる。

 

 必要なものを買い付けて戻ると、ティアナは元気を持て余し、今にも街へ出かけそうな雰囲気だった。 

 フォルカーは溜息をつきつつ、明日出発することをティアナに宣言する。

 ティアナの喜ぶ様子を横目に見ながら、戻ってきたばかりなのに出発の準備をカゲツナに報告に行くフォルカーだった。


 翌朝、フォルカーはカゲツナとともにティアナが乗車する馬車と武器・食料等の準備に余念がない。

 2月中旬の風は冷たく、青空からも冷気が降ってくるかのようだった。

 馬車の周りには屈強のシキシマのサムライ10名が待機しており、ノイエラントまで護衛してくれることになった。

 サムライは弓を持ち、破魔矢も常備しているとのことで、フォルカーはとても心強く感じる。

 

(心配しすぎか?)


 そう思うフォルカーだったが、首を振ってそれを否定する。

 ティアナを巡って、レーエンスベルク伯爵領など3つの国と戦争があり、その後、魔族の襲撃もあったのだ。

 用心に越したことはないと、さらに封魔香を持たせ、村に着くまでは焚いていくことを決意するフォルカーだった。


 ヤマトからノイエラントまでは、馬車で4日かかる。

 寒さはますます厳しくなっていたが、晴れや曇りの日が続き、3日間は穏やかに進むことができた。

 ティアナも熱がぶり返すこともなく、元気に食事を平らげている。


 4日目の朝は空は青く、寒さもやや和らぎ、何事もなく馬車は進んでいく。

 ノイエラントに向かう商隊なども合流し始め、村への道は大層賑わっていた。

 

「フォルカー様、もう香は必要ないのではありませんか?」


 サムライの一人が笑顔で話す。

 けれども、フォルカーは警戒を続けさせていた。


(俺が敵だったら、気が緩むこの日とこの場所を選ぶッス)


 すると、そこにナレ砦の交代兵が6名、後ろから追いついてきた。

 

「フォルカー様。私たちも同行します」


 警護が増えることに、ほっとするフォルカーだった。

 砦の兵士は、そのまま馬車の方へ移動していく。

 

「フォルカー様、ティアナ様はこちらの馬車ですか? 一言、ご挨拶させてください」


 2人の兵士が馬車の幌を開けようとした瞬間、その背中に矢が突き刺さり、呻き声が谷に響く。

 弓を放ったのはフォルカーだった。


「どうして、がここにいるって分かったッスか? 敵襲!! 馬車を守りながら応戦!! 馬車に近づく者が敵ッスよ!!」

 

 サムライは抜刀し、まず、兵士と交戦を始める。

 交代兵は生気の無い目をしながらも、驚異的な力で刀を振り回してくる。


(こいつら! 操られてるッス。ということは)


 敵に弓矢を放ちながら、フォルカーは周囲を警戒する。

 兵士は既に残り2名となり、その2名はナレ砦方面へ逃走し始める。

 サムライはその二人も倒そうと追っていくが、フォルカーは大声ですぐに馬車に戻るよう命令する。


 が、一瞬できた隙をぬって、馬車の上に大きな物体が落ちてくる。

 鳥のような羽をついた2mほどの大きさをしたトカゲ人間だ。


「ま、魔族!」


 サムライが怯む中、魔物は馬車の幌を手で切り裂き、幌の部分を破壊してしまう。

 そうして、中に横たわっている人を掴み上げる。


「ツカマエタZOoooooo」


 その瞬間、魔族の胸に弓矢が深々と突き刺さる。

 同時に、火矢が馬車に射かけられる。

 それでも魔族は動じず、捕らえたティアナを確認しようと、その顔を見て驚愕する。


「ニ、ニンギョウ……」


 次の瞬間、馬車の中の火薬に火がつき、大爆発が起こる。

 谷に大きな爆発音が轟き渡り、魔族は大きな火球に包まれていた。


「GUAAAAAAhhhhhhh……」


 魔族は燃え盛る馬車から動けず、全身に焼け焦げをつくり、皮膚の鱗も多くの場所で剥がれていた。

 立ち上る炎と大きな煙で見えにくいが、魔族はその場によろよろと立ち上がっているように見える。

 ようやく、煙が収まると、近くにフォルカーがサムライブレードを手に持ち、魔族を冷たい眼差しで見つめていた。


「ダ、ダマシタ、ナAAAAhhhh」


「騙されるほうが悪いッス」


 そう話しながら、フォルカーは銀のサムライブレードを構え、魔族の頭から胸かけて振り下ろす。

 ぐちゃっという音とともに、魔族の身体が大きく切り裂かれる。

 切り口からは、煙が立ち上り、銀の武器のダメージが入る。


「今ッス!」


 フォルカーが銀の武器で魔族を差すと、10本の破魔矢が身体に突き刺さる。

 動きが小さくなった魔族をフォルカーが更に切り払い、魔族はようやく地面に倒れ込む。

 

「第2射! 放て!」


 倒れた魔族に、さらに破魔矢が突き刺さり、ハリネズミのようになる。

 最後に聖水の入ったビンをフォルカーが叩きつけ、聖水が身体に流れると魔族の身体から煙が立ち上り、身体全体がカサカサになる。

 ようやく、魔族は動きを止める。


「馬鹿が! ティアナさんはシキシマに逗留中だ! 騙されたな」


 大音声でフォルカーが勝ち誇って宣言する。

 谷間にその声が響いていく。


「さあ、ノイエラントに戻るッス」


 その瞬間、後ろの荷車からティアナがぴょこんと顔を出す。


「フォルカーさん、凄いねえ。サムライの皆さんもありがとう!!」


「ああ~、ダメッスよ~、顔出しちゃ! 秘密だったのに」


 ティアナは小さく舌を出し、可愛らしく微笑む。


「だって、命をかけて守ってくれた人にお礼を言わないのはダメだって思って……」


 サムライやフォルカーたちの表情が緩む。

 ようやく魔族との戦闘が終わったことを実感できた。


「村に着いてから、お礼をしてもらうッス。さ、隠れて!」


「はあい」


 怪我人の治療を済ませ、すぐにその場を離れるフォルカー一行だった。

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