第226話 それが理由ッスよ
王国歴165年2月21日 ノイエラント レオンシュタインの小屋にて――
「ティ、ティアナは?」
レオンシュタインは嫌な予感がして、真っ先に尋ねる。
「ティアナさんは熱が出たので、シキシマで療養させています。フォルカーさんとサムライが常駐していますので、安心してください」
ハルトマンが報告し、グラビッツも頷いたため、レオンシュタインは安堵の溜息をつく。
すると、その後ろに
「私はアリカタと申す
異様な圧迫感を出すアリカタに全く臆する様子もなく、レオンシュタインは笑顔で握手に応じる。
その自然体な態度にアリカタは、逆に圧倒されてしまう。
年若いのに、どれだけ悲しい思いを乗り越えてきたのかと、アリカタは思いを馳せるのだった。
まずは旅行の疲れを癒やすべく、レオンシュタインは一行を温泉と宿泊場所へ案内する。
次の日から、アリカタから魔族についての詳細なレクチャーを受ける、ノイエラントの面々だった。
§
王国歴195年2月中旬 夜 シキシマ国 ヤマトの宿屋にて――
宿屋の2階で、ティアナはうなされ続けていた。
あの魔族の『目』がずっと自分を見続けている気がする。
熱はなかなか下がらず、フォルカーは心配でたまらなかった。
翌朝は、ようやく熱が下がってきて、朝食にも手をつけることができた。
フォルカーとの雑談にも短時間ながら応じられるようになっていた。
「えっ? ノイエラントで働くことになった理由ッスか?」
布団の間から顔を出し、フォルカーに話をしてほしいと懇願するティアナだった。
「ちょっと長いッスけど、聞いてもらえますか」
『うん』と寝床から頷くティアナの気晴らしになるだろうと、フォルカーは話し始める。
「俺、両親から期待されること……なかったッス。出来の悪い息子だったんで」
フォルカーには3つ年上の兄貴がおり、その兄貴は頭がよくて運動もできるのにと両親から比べられる毎日だったようだ。
「耐えられなくなって18歳になったとき、家を飛び出して、ずっと悪い仲間とつるんでました。でも、それも楽しくないんです。結局、その仲間達とも別れ、乞食同然になりながら3年くらい放浪してたッス。俺を必要としてくれる人は、この世にいないのかって。ある時、ヴァルデック領を歩いていたら、城で働く人を募集してたんで、そこで働くことになったんです。食べなきゃ、生きていけないッスからね」
椅子をガタガタ言わせながら、フォルカーは少しだけ遠い目になる。
「そんな俺のどこが気に入ったんですかねえ。ヨシアス殿は俺を家宰に任命したんです。生まれて初めて人から期待された瞬間でした。そりゃあ、嬉しかったッス。でも、ヨシアス殿はあんな人なんで、結局、領土を手放すことになっちまいました」
「あとは、知っての通りです。両親すら見放したこの俺を、レオンシュタイン殿は宰相の力があるって言ってくれたッス。宰相って、国でも上から何番目かに偉い人でしょう? 俺にはそれだけの価値があるって……。俺、本当に生きてて良かったって思ったんです。ここに、俺を心から必要としている人がいる、期待してくれている人がいるんだって」
「それが、俺の働くようになった理由ッス。……ちょっと、ダサいッスかね?」
ティアナはううんと小さく頭を振る。
「いっつも明るいフォルカーさんに、そんなことがあったなんて。度胸だけじゃなく、統治と戦も比類ない才だって、フリッツさんが、べた褒めなのに」
「いやいやいや、たいしたことないッスよ。それより、ティアナさんはレオン殿とどうなんスか?」
話題を変えてティアナの気を紛らわせるように心を配る。
やはり、ティアナの具合は良くなっていないように見える。
「うん……。レオンみたいなタイプって、どんな子に引かれるのか、分かんないんだよね。結構、アプローチしてみても、全然! 何だか、いつもはぐらかされてばっかり! それにさ、次々と女の人を仲間にするし!」
確かに、次から次へと超絶美少女ばかりを引き寄せるレオンシュタインに、思うところはあるだろう。
ティアナも度を超した美少女な上に、気立ても優しいのに、あまりスイートな関係を築けているようには見えない。
ただ、フォルカーにはレオンシュタインの気持ちが分かるような気がした。
「ティアナさん。レオン殿のようなタイプは、あまりグイグイ来られると戸惑うんですよ。それよりも、じっと待つ方がぐっとくるッス!」
「待つ?」
「そうです。キスなんかも自分から行かずに、目を瞑ってじっと待っている姿に弱いタイプです」
言われてみれば、グイグイ迫るシノをかわし続け、色気で迫るイルマも、さりげなくかわしている。
「そっかあ」
話がとても腑に落ちたようで、ようやく笑顔が戻ってくる。
フォルカーは安心すると、
「もう夜も更けてきたッス。さ、元気になるように、早く眠ってください」
眠るようにティアナを促す。
「……ありがと。フォルカーさん」
そう言うと、そのまま、ことりと眠ってしまった。
(こんなにいい子が幸せにならないのはおかしいッス。とにかく今は、元気になるように全力を尽くすッス!)
ティアナから離れて、部屋の隅の椅子を持っていくと、そこで寝ずの番を務めるフォルカーだった。
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