第204話 水晶を交渉材料にする

 王国歴164年12月4日 午後2時 クリッペン村 村長室の倉庫にて―――


 フラプティンナとレオンシュタインがレッスンに励む中、フリッツはグブズムンドル帝国の外交官ヴィフトを、村の倉庫に案内していた。


「こちらが、グブズムンドルに買っていただきたいものになります」


「おお!」


 倉庫の中には、水晶が肩の高さまで積み重なり、無造作に置かれている。

 帝国が必要としているものをフリッツが紹介してきたことに、ヴィフトはやや警戒の気持ちを強める。


(フリッツ殿は、やはり油断ならない人物になりつつありますね。やはり、帝国に取り込んでおくべきでした)


「どうぞ、手にとってご覧ください」


 10cmほどの固まりは、透き通った水晶が棘のようにたくさんついており、一級品であることが分かった。


「一級品ですね」


「はい、その通りです」


 ヴィフトは水晶を棚に戻す。


「水晶はこれで全部ですか?」


「今、お譲りできるのはここにあるだけです。ただ、今も鉱山から産出しておりますので、もっと準備することができます」


 フリッツも1つの水晶を弄びながら、ゆっくりと答える。


「ここにあるものは、総額で大金貨500枚(約50億円)になります」


 ヴィフトは期せずして厳しい顔になる。

 

(レオンシュタイン殿は人、土地、資金を手に入れ、さらに勇躍することが考えられる。我が国はさらに交流を深めるべきだ)


 難しそうな顔をしているヴィフトに、フリッツは、


「ヴィフト殿。とりあえず応接室に戻りませんか? 実は一緒に飲もうと思っているワインがあるんですよ」


 ヴィフトはすぐにポーカーフェイスに戻すと、


「それは楽しみです。是非」


 と、いつもの笑顔になる。

 フリッツとヴィフトは、会話をしながら村長室に入っていった。


 ワインを準備したフリッツは、座っているヴィフトの前にワイングラスを置く。

 その中にゆっくりと白ワインを注いでいく。


「ほう、これはシャルツホーフベルグ(葡萄の産地)産のモーゼルワインですね」


「ご存じでしたか」


「私は貴腐ワイン(極甘口)が好きで、よく買っています。上品な甘さとバランスの良い酸味が癖になりますね」


 ワインを注ぎ終わると、フリッツがグラスを掲げる。

 ヴィフトも匂いを楽しんだ後、グラスを掲げる。


「グブズムンドルの繁栄に」


「村の成長に」


 ぐっと飲み込むと、華やかな果実の香りが口の中に広がる。


「……見事です。この味は」


「ゆっくりと味わいましょう」


 ブルーチーズとドライフルーツの皿も勧めながら、至福の時間を過ごす。

 しばらくして、おもむろにフリッツは価格交渉に入った。


「あの水晶ですが、大金貨300枚(約30億円)でいかがでしょうか?」


 40%のディスカウントは破格である。

 不足しているグブズムンドルでは、渡りに船の話である。

 ヴィフトはいちじくのドライフルーツに手を伸ばしながら、


「それは、これからもずっとということですか?」


 と確認し、ドライフルーツを口の中に入れる。

 極甘の中にも微かな酸っぱさが心地よく、アルコールのような匂いも微かに感じる。

 

 フリッツは少し考えてから、


「5年間でいかがでしょう?」


 と提案する。

 かなりの好意といってよかった。


「分かりました。レオンシュタイン殿に感謝です」


 二人は手を握り合ったあと、互いにワインをグラスに注ぐ。

 フリッツはさらに交渉を続ける。


「水晶の購入代金の支払いは結構です。うちの借金と利息から引いていただけると嬉しいです」


 ヴィフトは一口ワインを飲むと、先ほどよりもさらに味わい深く感じる。


「そうきましたか。うちにも大国としての度量があります。利息はサービスし、大金貨300枚を返却したことにしましょう。残りは大金貨1700枚です」


「ありがとうございます。それともう一つお願いがあるのですが」


「ほう、それは?」


 §


 次の朝、ジーナとレベッカが村長宅に招かれる。


「村長、何かご用ですか?」


 ジーナは眠い目を擦りながら、椅子に腰掛ける。

 レベッカに至っては、まだ酒が抜けていないようだ。

 レオンシュタインは、フリッツに話を振る。


「実は、ジーナさんとレベッカさんに、船造りのためにグブズムンドルへ留学してもらいたいんです」


「その船は、もしかして……」


「はい。大型の外洋船です」


「……マジか」


 ジーナは途端に目が覚める。

 レベッカも、シノに水を頼んで運んできてもらう。

 その水を一気に飲んで、レベッカは頬を叩く。


「昨日、ヴィフト殿に申し込んでみたのです。すると、2人までは受け入れるとのことでした。そこで2人に白羽の矢が立ったのです。どうですか?」


 ジーナとレベッカはすぐに返答する。


「行くよ! 行くに決まってる! 是非ともお願いします」


 フリッツは微笑むと、これからの日程について説明する。


「実は1ヶ月後に外洋船を造る作業に取りかかるんだそうです。1年間、向こうに

いることになりますが」


「望むところ!」

 

 レベッカが目を輝かせて叫ぶ。

 レオンシュタインも2人の様子を見ているだけで嬉しい。


「じゃあ、詳しいことは朝ご飯を食べながら、話しましょう」


 シノが次々とテーブルに料理を並べる中、ジーナたちはずっと夢の中にいるような気がするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る