第203話 レッスン&お泊まり

 王国歴164年12月4日 午後2時 クリッペン村 迎賓館にて―――


 迎賓館では、ティアナ、警備主任の二人が見守っていた。


「では、早速練習しましょう……って、何でティアが?」


「当たり前でしょう。姫の安全を守らないといけないんだから」


 すると、フラプティンナは口に手を当ててクスクス笑う。


「レオン様の安全を守りたいんですよね」


 フラプティンナに見すかされたティアナは、顔を赤らめる。


「ティア、大丈夫だよ。警備主任もいるし」


 それを聞くと、ティアナは声を落とす。


「私が居ると迷惑?」


 レオンシュタインは即座に、


「そんなことない! 見てて」


 と一緒に来ることを提案する。

 迷惑という言葉には特別の感情を感じてしまうレオンシュタインだった。

 フラプティンナはバイオリンを準備しながら、優しく語りかける。


「勿論、一緒に居てください。でないと、私がレオン様にもっと近づくかもしれませんよ」


「フラプティンナ様! からかうのはやめてください!」


 ようやく笑顔を取り戻し、フラプティンナに突っ込むティアナだった。

 警備主任は椅子に座り、辺りを警戒するのに余念がない。

 レオンシュタインはバイオリンを構え、調弦して、レッスンをスタートさせる。


「では、フラプティ……」


「ストップ!」


 フラプティンナ姫がレオンシュタインの前にかわいい手を突き出す。


「師匠、いつまでもフラプティンナでは、親しみを感じませんわ。以前のようにロスとお呼びください」


「グブズムンドルの言葉でバラという意味だったね。……思い出したよ。ロス、いい呼び名だね」


 屈託無くレオンシュタインが話した瞬間、ティアナと警備主任の顔色が変わる。


「レオンシュタイン殿、さすがに気安いのではないのか?」


 警備主任の言葉を、フラプティンナは目で制す。

 警備主任は慌てて、言葉を飲み込んだ。


「レオンも立派になったものね。帝国の姫君をニックネームで呼ぶなんて」


 棘を隠そうともしないティアナだった。

 フラプティンナは視線を柔らかくして、ティアナの方に視線を移す。


「あら、ティアナさんも、ロスって呼んでくださいね」


「そんな恐れ多い」


 そう言いながらも、考え直し、


「分かった。ロス」


「そうそう」


 にっこりと微笑むフラプティンナ姫を見て、レオンシュタインはほっとする。


「じゃあ、始めよう」


「はい、師匠」


 レッスンが始まると、それまでの和やかな空気が一変する。


「ロス。左手の動きはもっと早く」


「はい!」


 フラプティンナの額に汗がにじみ始める。

 レオンシュタインは優しい口調だが、妥協という言葉を知らないかのようだった。


(師匠、相変わらずですね)


 激しく音をかき鳴らしながら、フラプティンナは口元を緩める。


「そこは、もっと情感を込めよう。例えば」


 そういいながら手本を弾いてみせる。

 その音はフラプティンナの音を遙かに凌駕し、高音が滑らかに伸びていく。


「こんな感じではどうかな?」


「私の憧れる綺麗な音です」


「じゃあ、やってみようか」


 レオンシュタインは決して相手に厳しくは言わない。

 気付いてほしいという気持ちを込めて伝えるだけだ。

 それは、警備主任にも伝わった。


(このレオンシュタインという御仁は常人ではない。相手の技量を伸ばすのに一切の妥協がない。苛立ちもせず、飄々とした態度で相手に伝えている)


 フラプティンナはフラプティンナで、深い感銘を受けていた。


(さすがレオン様ですわ。指摘が正確で……そして優しい)


 汗が流れるのを気にもせず、レオンシュタインは練習を続けていた。

 フラプティンナ姫もずっとバイオリンを奏でている。

 気がつくと1時間も休みなく練習を続けている。


「レオン! ロス! 一度休憩したら」


 さすがに見かねたティアナが休憩を提案する。

 レオンシュタインは、はっとしたように、


「休憩にしましょう。美しい音色に、休むのを忘れてしまいました」


 とフラプティンナに近づいていく。


「師匠がそう言うなら、そうしますわ」


 フラプティンナは肩からバイオリンを下ろす。

 腕が固まっているような感じで動きがぎこちなくなる。

 額の汗は容赦なく流れている。


「ああ、ごめんね」


 そういうとレオンシュタインは、フラプティンナの頬に手をやり、ハンカチで汗を拭き始めた。


「レ、レオン様」


 突然のことにフラプティンナは慌てるが、目を瞑ってされるがままにしていた。

 すぐに、警備主任が、中に割って入る。


「レ、レオンシュタイン殿、こういったことは控えていただきたい」


「レオン! どさくさに紛れて姫の頬に触るなんて……。油断も隙もないわね!」


 とティアナも割り込んできた。

 レオンシュタインも気がついたのか、慌ててフラプティンナにハンカチを渡す。

 少し残念そうなフラプティンナをよそに、レオンシュタインはがっちりとティアナにガードされてしまった。


 この日は休憩を挟みながら、2時間の練習となった。

 すでに辺りは薄暗くなっている。

 支度をしているフラプティンナに、ティアナは1つの提案をする。


「ロス、今日は私の部屋で一緒に休みましょう」


「ダメです!!」


 警備主任はさすがに拒否するが、フラプティンナが懸命に頼み込む。

 その熱意に負け、ヴィフトに確認に行くと、


「周囲を24時間体制で警戒していれば、問題ないでしょう。この村であれば、どこであっても危険は変わりませんから」


「やったあ、じゃあ、さっそくお風呂行こうよ」


「んん!?」


 さすがのヴィフトも言葉に詰まる。

 けれども、ティアナは、


「イルマやヤスミンが一緒だと索敵も近接戦闘も大丈夫ですよ。あと、シノも一緒に行けば参謀として安全を考えてくれそう」


 と頼み込む。

 ヴィフトは、イルマと一緒ならばと考え直し、かつ、参謀もいるのであれば危険はないだろうと考え直す。

 また、反対しそうな警備主任は、イルマの名を聞いた途端、静かになる。


(あの御前試合のイルマか。一度、手合わせしたいところだ)


 善は急げとティアナはフラプティンナの手を引いて、自分が住んでいる丸太小屋にに連れて行く。

 護衛の兵士達も一緒について行くが、なるべく目立たないように服を着替えていた。

 

 フラプティンナにとって、初めての体験がスタートする。

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