第201話 ヤスミンVSフラプティンナ

 王国歴164年12月3日 午前11時 シュトラント城 謁見の間にて―――


「レオンシュタイン様、こちらが(皇帝陛下からの)贈り物でございます」


 (皇帝陛下)は、周りに聞こえないように小声になる。


「驚かれても、大きな声を出さないでくださると幸いです」


 と耳打ちして、あとは素知らぬ顔を決め込んでいた。

 二人の兄は、レオンシュタインが小さな贈り物だけしかもらっていないことに、暗い愉快を感じていた。


(おいおい、レオンシュタインはあんなものしかもらえないのか?)


(そんなものだよ。伯爵家の三男なんて)


 こそこそと会話をしながら、ニヤニヤとその様子を眺めていた。

 レオンシュタインは箱の中身を見て驚愕する。

 世界に10台しかない、アイネスファルトのバイオリンである。

 市場価格は、大金貨30枚(約3億円)ほどである。


「ご使者殿……」


 レオンシュタインが何か言いたそうにしている様子を見ながら、ヴィフトはそれを遮るように、


「レオンシュタイン殿、どうぞお収めください」


 と、ゆったりと話す。

 目が何も言わずに受け取ってくださいというメッセージを伝えている。


「ありがとうございます。本当に感謝しかありません」


 レオンシュタインは優雅に返答を返し、ヴィフトは笑顔でそれに答える。

 贈り物の額はレオンシュタインのバイオリンが一番価値が高い。

 兄二人を合わせても、レオンシュタインの贈り物の価値には届いていなかった。


「それでは、使者および姫の歓迎のため、晩餐会を開催する」


 マヌエルが晩餐会を開催を宣言し、使節団との謁見は終了となった。

 

「フラプティンナ姫、お疲れでしょう。姫には特別のゲストルームを用意いたしました」


 マインラートが先に立ち、案内する。

 フラプティンナ姫は優雅にそれについていったが、レオンシュタインを一瞥する。

 また後で、ということらしい。


 レオンシュタインたちも控室に案内される。

 レネは服装の準備も抜かりがなく、全員の分を用意していた。

 フリッツ、ケスナー、ヤスミンは正装への着替えを済ませる。


 シャルロッティの制作した衣装は華やかで、特にヤスミンのドレスは銀色の髪と褐色の肌がより引き立つような薄い白のドレスだった。

 下は2つのフリルがついており、胸元が目立つようなワンピースがヤスミンの魅力を引き立てている。


「ヤスミンはん、これでマスターもイチコロやな!」


 シャルロッティ、お墨付きのドレスだった。

 フリッツやケスナーも、いつもの偵察に出かけるヤスミンしかイメージにないため、


「馬子にも衣装だな」


 と失礼なことをしゃべってしまう。

 ヤスミンも鏡を見て、まんざらでもないらしい。


「マスター。どうかな?」


 レオンシュタインは、その艶やかな姿に軽く口を開けたままになっていた。

 そして、同時に初めて会った頃を思い出していた。

 路地裏で生き抜いていたヤスミンとは、別人かと思うくらいの変身だった。


「レオンちゃん、何か言ってやれよ!」


 ケスナーがヤスミンを見てぼうっとしているレオンシュタインをどやしつける。

 レオンシュタインは、はっと我に返り、


「ヤスミン。凄く似合ってるよ。綺麗だね」


 と、直球を投げ込む。

 ヤスミンは輝くような笑顔になりながらも、護衛としての役目を思い出したのか、いきなりドレスをめくる。


「マスター。ここにナイフを4本隠してるから安心」


 白い下着が丸見えになり、フリッツとケスナーは慌てて後ろを向いてしまう。

 太ももの黒いベルトに2本ずつナイフが下げられている。

 レオンシュタインも真っ赤になる。

 それを見ていたヤスミンは、ニヤリと悪戯そうな表情になり、


「もっと見る?」


 と、さらに捲り上げそうになる。

 慌ててレオンシュタインはヤスミンの手を止める。

 ヤスミンはすぐにドレスを元に戻し、

 

「もっと見たかったら、後で」


 小さな声でささやくと、レオンシュタインから離れてすまし顔になる。


「そろそろ時間ですよ」


 フリッツの言葉で全員が会場に急ぐ。


 晩餐会は本格的なものではなく、立式の簡易なものとなった。

 グブズムンドル側でそれを求めたようで、見栄っ張りのマヌエルは少し残念そうにしていた。


「それでは、兄弟の仲直りとフラプティンナ姫の美しさに」


「乾杯!」


 乾杯が終わるや否や、フラプティンナはレオンシュタインのところへ駆け寄っていった。


「レオン様、師匠……」


 そう言いながら、あっという間にレオンシュタインの胸の中へ飛び込もうとした。その瞬間、前に立ちふさがった者がいた。

 ヤスミンだ。


 この二人は会場でも一際オーラを放っていた。

 エキゾチックな魅力全開のヤスミンに、北国の白い肌が一際美しい帝国の白薔薇フラプティンナは、対照的な美を提供していた。

 

「ヤスミンさん。私が近づいても危険はないでしょう?」


 笑顔で話すが、ヤスミンはレオンシュタインの腕をとる。


「マスターと久しぶりのデートを邪魔しないで」


「デート?」


 フラプティンナの顔が曇る。


(そういえば、イルマさんがレオン様のことを色魔と……)


 目の前にいる女性は、褐色の肌に銀色の髪がよく似合う、帝国でもあまりみない美しい人だった。


「レオン様、本当に色魔なのですか?」


 突然の質問にレオンシュタインは狼狽する。

 フラプティンナは今にも泣きそうな表情だ。

 

「ち、違いますよ! そんなこと」


 その瞬間、ヤスミンは、


「さっき、無理矢理スカートをまくりあげられて、全部見られた」


 顔を赤らめるヤスミン。


「な! そんなことしてな……」


 全部を聞かないうちに、フラプティンナはきっとレオンシュタインを睨み付ける。


「レオン様の馬鹿!!」


 そう言うとフラプティンナは会場から走り去っていた。

 すかさずヴィフトが笑顔でフォローに回る。


「姫様は長旅の疲れが出たようです。今日は休ませてください」


 全く何でもないかのような物言いは、さすがヴィフトだった。

 主賓がいきなりいなくなり、マヌエルは呆然とその様子を眺めていた。

 レオンシュタインも呆然とフラプティンナが走っていった方を見つめていた。

 すると、


「マスター。邪魔者はいなくなった。一緒にお菓子を食べよ!」


 悪女のような笑みを浮かべて、レオンシュタインを引きずっていくヤスミンだった。

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