第200話 停戦を勧められました

 王国歴164年12月3日 午前10時 シュトラント城 謁見の間にて―――


 久々に3人が揃ったシュトラント城の大広間では、さすがにぎこちない雰囲気が広がっていた。

 遅れてきたレオンシュタインに声を掛けた二人だが、その後が続かない。

 レオンシュタインはレオンシュタインで、何と言ってよいのか迷っている。


「レオン、この前は……その、悪かった。レーエンスベルクのゲオルグという奴に脅されて、兵を出さざるを得なかったのだ」


 マヌエルは、事前に決めていた言い訳を話し始める。

 気持ちを込めながら話しているのを見て、フリッツは、たいした役者だと感心していた。


「レオン。俺にも謝罪させてくれ。あのゲオルグとか言う奴が、攻めなければお前の領土を先に攻めると言われて、仕方なく参加したのだ」


 マインラートも意地悪な口調を押さえつつ謝罪する。

 レオンシュタインは、戦死者に思いを馳せていたが、そういった事情があるのであれば、仕方がないと思い直す。

 それだけ、レーエンスベルクの兵は強いし、多いのだ。


「兄上、事情が分かり、ほっとしております。兄上から賜った村に攻めてくる理由がよく分からなかったのですが、これで安心しました」


 兄、二人が謝罪している以上、これ以上は何も言えなくなるレオンシュタインだった。

 あれだけ、昔、馬鹿にされていたにも関わらず、やはり肉親の情がわいたとも言える。


「我が国の仲介は必要ありませんでしたね」


 フラプティンナが輝くような笑顔で3人に話しかける。

 周囲で見守っている多くの人たちも、3人が和やかに会話をしていることに安堵のため息をつく。

 同時に、フラプティンナの笑顔と声に強烈に惹きつけられていた。


「フラプティンナ姫、そのようなことはありません。グブズムンドルの仲介があってこそです」


 マヌエルも笑顔でフラプティンナを見つめ、答える。

 もはやレオンシュタインのことよりも、フラプティンナが気になっていたマヌエルだった。


 仲介が終わると、フラプティンナは部屋の中央で、その大きく美しい瞳でじっとレオンシュタインを見つめていた。

 フラプティンナにとって、宝石のように大切な経験が脳裏に鮮明に浮かんでくる。


(レオン様、師匠!)


 思いが溢れ、フラプティンナはレオンシュタインのそばまで走りに寄っていった。

 レオンシュタインは笑顔で、


「お久しぶりです、フラプティンナ姫。遅れてごめんなさい」


 と話しかけた。

 そのあまりの懐かしさに、フラプティンナはレオンシュタインに抱きついてしまう。


「フラプティンナ様?」


 レオンシュタインは胸に頭を預けているフラプティンナに困惑する。

 けれども、フラプティンナは周囲を気にすることもなく、


「ずっと、ずっと、お会いしたいと思っておりました。レオン様」


 と、親愛の言葉を投げかけてくる。

 あまりにも意外な光景に、ついていけない周囲の人たちを尻目に、フラプティンナの従者はこともなげに話す。


「姫様、悪い癖ですぞ。レオンシュタイン殿にご迷惑でございましょう」


「あら、私としたことが。あまりの嬉しさに、つい」


 少し顔を赤らめて、レオンシュタインから頭を離す。

 ふわっとラベンダーとベルガモットの匂いが漂う。


「相変わらずラベンダーの香りが好きなんですね」


 それを聞いたフラプティンナは、ふふっと含み笑いをする。


「私の匂い、覚えていてくださったんですね」


 頬を赤らめながら、レオンシュタインを見つめる。

 んん?

 その言い回しはどうなんだと、やや動揺するレオンシュタインだった。

 案の定、横からヤスミンがつんつんどころか、拳を打ち込んでくる。


 その様子を見ていた、マヌエルとマインラートは、悔しさをが胸に溢れる。


「くそ、何でレオンシュタインの奴が」


「何でも、旅の途中で演奏会をしたらしい」


「全く、忌々しい」


 けれども、フラプティンナに何かを言うことはできず、ひきつった笑いを浮かべたまま立っていた。


「それで、グブズムンドルのご使者にお尋ねします。今回のご訪問は停戦の仲介だけが目的でしょうか?」


 マヌエル卿が従者に向かって尋ねる。

 フラプティンナ姫に、直に話すのは憚られたからだ。

 外交の使者も随行しており、その責任者はヴィフトだった。


「この旅の訪問は、兄弟間の戦争という痛ましい状況を仲介することと、我が国とシュトラントの友好を深めるためでございます。今まで、交流があまりなかった両者の友好が深まることで、貿易や文化の交流が活発になるとシーグルズル王はお考えです」


 ヴィフトはすらすらと答える。

 シュトラント伯領は、それほど大きい領土というわけではない。

 なぜ、そのような僻地へと疑問に思うものがいなかったわけではないが、マヌエルはただ頷いている。

 視線はフラプティンナ姫の方へ向けられっぱなしだった。


「こちらの品物はシュトラントの平和への引き出物でございます。どうぞ、お受け取りください」


 大きく盛られた贈り物は広間の真ん中を大きく占有している。


「こちらは我が王よりマヌエル殿へ、こちらはマインラート殿へ」


 贈り物に二人はご満悦だ。

 ただ、レオンシュタインへの贈り物は小さな箱が1つだけだった。


「レオンシュタイン殿には、こちらを差し上げることになっております。レオンシュタイン殿、前へ」


 少し間があって、ようやくレオンシュタインが、のこのこと出てきた。


(マエストロ。お久しぶりです)


 心の中でヴィフトは呼びかける。

 初めて聞いた『オフィーリア』の演奏は、今でも耳に残っているくらいヴィフトにとって衝撃的だった。

 ヴィフトはあの演奏会の後、レオンシュタインの大ファンになってしまった一人だった。


 そのため、レオンシュタインと交流の機会があれば積極的に交渉に赴いていた。

 この外交の話が出た時も、ヴィフトは自分から進んで使者に名乗り出ていた。


 ヴィフトは、小さな箱をレオンシュタインの前に持っていくと、同時に箱を開いた。

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