第3章 村の発展 外交戦とそれぞれの夢

第168話 船造りの姉妹

 500人の若者の加入は、クリッペン村の発展を大幅に加速した。


 割り当て会議では、若者達の希望を聞き、それぞれの配属場所が決定した。

 主な所では、オイゲンの水道工事関連に100名、ルカスの農業関連に100名、ディーヴァの建築関連に100名、サラの鉱山開発に100名が割り当てられる。


 王国歴164年8月8日のことである。


 農業をやりたいという若者もたくさん来ていることに、ルカスは喜びを隠せない。


「クリッペン村で開拓者が増えて嬉しい限りです」


 それを聞いたディーヴァは、


「工事を請け負う若者も増えたってことだな」


 と嬉しそうに髭をひねる。

 今まで少ない人数でやりくりしていたものが、働く人が増え、どんどん建てられるようになった。


「まずは俺の組に入ってもらい、自分が向いている仕事を探してもらう。大工だけだと、仕事がなくなると困るからな。それ以外にも、水路工事、港湾工事、船造りなど、いろんな『作る』に取り組ませたいな」


「船造り?」


 レオンシュタインは初めて聞く言葉に首をひねる。

 ディーヴァはそれに気づき、


「ああ、そうか。レオンはあの姉妹のことを知らないんだな。ちょうどいいや、こいよ」


 そういうとディーヴァはレオンシュタインを連れて、郊外に向けて歩いて行く。

 しばらく見ないうちに建物が多くなり、お店も賑わっていた。


「ずいぶん建物が増えたね」


 レオンシュタインが感慨深げに話すと、


「おうよ、弟子達も大分手際が良くなってなあ。それに、街をつくっているっていう感じが気持ちいいらしいんだ。それに、つくったそばから売れるんだ」


 ディーヴァは目を細めて建物を見つめる。

 村に来た頃は、村長宅と他に何件かの建物がみえるばかりだった。

 それが今は、市場の喧噪さえ感じる。


「それに、街にありがちのし尿の匂いがしないねえ」


 すると、ディーヴァは道の横に設置されている下水道を指差す。


「そりゃあ、オイゲンのおかげさ。あいつの下水道が完成しただろ。それからというもの、街は花や海の匂いに包まれてるよ」


 ここだこことディーヴァが教えてくれた場所には、石の板が長く真っ直ぐに敷設されていた。

 その下に下水道が通っているらしい。


「今日もアレックを連れて、農業用の灌漑水路を造ってるらしいぜ。凄え奴だよ、オイゲンは」


 確かにローマの水道を現代に蘇らせるとは、天才の仲間なのだろう。


「じゃあ、次はディーヴァの公園の番じゃない?」


「ああ、建物が一段落したら、みんなのど肝を抜いてやるぜ!」 


 ディーヴァとの会話を楽しみながら、中心から大分離れたところまで歩いてきた。

 そこには、周りを木々で囲まれた小さな丸太小屋があった。


 扉の前まで進むと、


「おうい、ジーナ、レベッカ! 村長を連れてきたぞ!」


 大声で、扉をノックする。

 中から二人の女性の声がし、扉がそっと開けられる。


「ディーヴァさん、ノックは静かにって言ったでしょ!」


 顔を出したのは、ダークブロンドでショートヘアの活発そうな女性だった。

 レオンシュタインが挨拶をすると、すぐに部屋の中へ招き入れられる。

 中央には大きな作業テーブルが置かれ、そこに図面が何枚も置かれている。

 おそらく設計図だろう。


 周りを見渡しても、それ以外、目に入るのはクローゼットくらいで、となりの部屋にはキッチン、奥にはトイレ、階段の上にもう一部屋とコンパクトな作りの家だった。


「村長さん、初めまして。私が姉のジーナです。こちらは、妹のレベッカです」


 作業テーブルの横に立つ姉と妹は双子だった。

 年の頃はイルマと同じくらいか20歳を少し超えたくらい。

 髪型はほとんど同じだったが、妹のレベッカは少し長めの髪にしている。

 鼻も高く、睫も長い、美人姉妹だった。


 レオンの挨拶もそこそこに、二人は船のことについて話し始める。


「私たちは船が好きで、いつかは自分たちで造りたいとずっと思っていました。でも、女性だからという理由で、造船所で働くことはできませんでしたし、設計に関しても教えてもらえませんでした」


 姉のジーナに続けて、


「引退した船大工に大金を払って頼み込んで、ようやく設計図の書き方や作り方を教えてもらいました。でも、それまで働いて貯めたお金がなくなって……。それに、私たち、実際に造ったことはないんです」


 レベッカは少し早口で伝える。


「まあ、座って話そうよ」


 レオンシュタインが勧めると、レベッカは椅子に腰掛け手を目の前で組み、緊張を隠す。

 実際、どの場所でも断られ続けてきた。

 お前たちに船造りなんてできないよ、女性の造った船なんて危なくて乗れないよ、という馬鹿にした言葉が二人の脳裏に蘇る。


「で、完成はいつなの?」


 レオンシュタインは目を輝かせて二人に尋ねる。

 

「えっ?」


 予想もしていない問いかけに、二人は動揺する。

 ディーヴァが察して、


「レオン、二人は造った経験がないんだ。それで、やっていいのかって思ってるらしいぞ」


 レオンシュタインはディーヴァと姉妹を交互に見ながら、


「村には他に造れる人がいないんですよ? 是非、取り組んでください」


 きっぱりと言い切った。


「で、でも、失敗するかも……」


「失敗という言葉は使って欲しくないですね。チャレンジじゃないですか? 成功に至るためのステップとも言いますね」


 全く気にしていない。

 二人はレオンの考えが分かり、徐々に涙ぐむ。


「あ、ありがとうございます。村長、いい船を造ります」


「うん、楽しみにしてる」


 すると、入り口の扉がノックされる。

 ジーナが扉を開けると、レネとフリッツが林檎の籠を持参しながら部屋に入ってくる。

 二人は会話の中身を察したらしく、作業台の設計図を見ながら、レオンシュタインに確認する。


「レオン殿、二人に船を造らせますか?」


「勿論」


 即答するレオンシュタインに二人は、肩をすくめて笑う。


「さすが村長です。では、早速予算をつけましょう。あ、レベッカさん、これルカスの畑からとれた林檎だって」


「ありがとうございます。私、この林檎、大好きです!」


「ルカスに言ってやってよ。いっぱいもらえるよ」


 レベッカは笑顔でキッチンに林檎を持っていく。

 

「じゃあ、作業小屋をつくらないとな。で、どこにつくるんだ?」


 その問いかけに、ジーナはおずおずと、


「実は、……峠の川のそばがいいんですけど……」


 全員の耳目が集中する。


「詳しく話してくれる?」


 レネがその理由を話すよう促した。

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