第167話 お風呂パーティー
王国歴164年8月3日 午前11時 シキシマ国の旅籠宿 露天温泉にて―――
シキシマ国を出発する前日、ティアナ、イルマ、シノの三人は、なぜか一緒に温泉に入ることになった。
レオンシュタインとシノが入ったという温泉に、ティアナとイルマも入りたいと申し出たのだ。
「あ~。やっぱりシキシマ国のお風呂は、悔しいけど最高ね!」
「全くだ。硫黄の匂いが強くて、いかにも効きそうって感じだな」
首まで温泉に浸かりご満悦の二人。
案内は勿論シノで、その流れでシノも温泉に入っていた。
(まあ、レオン様と二人を離すにはいい機会かも)
悪いシノが暗躍しそうになっていた。
ただ、黙々と身体を洗っている。
「ねえ、シノさん。何か辛いことがあったの?」
ティアナはシノに向かって、いきなり話を切り出す。
シノはその話の流れが分からない。
もう、レオンに近づかないで的なことを言われると思っていたのに、そういう話ではなかった。
「まあ、主が首を突っ込むくらいだ。いろいろあるんだろ?」
イルマもテヌグイを頭に載せながら、微笑みを絶やさない。
(ますます狙いが分からないわ……。この二人、なぜ怒らないの?)
「私たちも、いろいろあったからね」
ティアナはそう言うと自分に解呪をかける。
湯船に立ちながら、身体全体が緑色の光に包まれて、やがて消えていく。
その瞬間、金髪の女神のような女性が目の前に現れる。
「解呪できるようになったのは、レオンのおかげね」
笑顔が眩しすぎて、同姓でありながらも目が離せない。
(スタイルも抜群で、顔なんて、まさに超絶美。なのに、性格が残念という少女文芸にありそうな設定の子かしら?)
シノは、そういった少女文芸をよく読んでいた。
というより、
さらに、イルマは湯船から出て、シノの隣に座り、その燃えるような赤い髪を洗い始める。
「私もさ、この顔になったのは1年前くらいかな。それまでは、狼口って言われてたからね。あ、やっぱ、主が治してくれたんだけど」
狼口……とてもそうとは思えない。
横に座った女性は、その主とやらが好きで堪らないという笑顔をしている。
(こっちは戦士。それなのに、体つきはふんわりと女性っぽいし、顔もメチャクチャに可愛い。おっぱいも大きい。男達は、このギャップ萌えに抗えないはずよ)
シノが様々な妄想を繰り広げる中、ティアナは自分がシュトラント城で嫌われていたことを、ぽつぽつと話す。
それに続けて、イルマも傭兵時代の苦労を話し出す。
「で、シノさんはどうなの?」
結局、シノも自分の身の上を話す流れになってしまった。
別に隠すこともないかと考え、正直にレオンシュタインに話したことと同じ事を2人に話す。
「え~信じられない! マサムネさんだっけ? ありえないわあ。自分の娘に……」
ティアナはプンプンと怒っている。
イルマも、
「そんな天気を読む力も使いどころだと思うけどなあ。親父さんの気持ちがわからん」
髪にお湯を掛けながら意見を述べる。
「まあ、親父さんには深い考えがあるのかもな。親父の顔、見たことない私が言うのもおかしいかもだけど」
ぽちゃりと、イルマがまた湯船に戻ってくる。
シノも身体が冷えたのか、一緒に湯船に入る。
(なんなの? この二人、めっちゃいい
シノは困惑し、顔にお湯をかけつつ、二人の様子を眺める。
「でさ、昨日あったことを詳しく教えてくれない?」
いきなり、本題に入られたのだけれども、シノはそのことに気付かない。
結局、シノは正直に昨日のことを二人に話す。
二人は時折、相づちを打ちながら、質問を交えてさりげなく細部まで聞き取っていた。
話を聞いた二人は、
「なんだ。レオンの後からお風呂に入って、そのとき、いつものレオンの『やらかし』があったっていうことなのね。安心した!」
「まあ、そんな事じゃないかと思ってたよ。主にそんな器用な真似はできないからな」
そう言うと、二人はシノの側に行き、肩を叩きながら、
「これからよろしくね、シノさん」
「まあ、とりあえず事情は分かったよ。結婚はしてないってことだな」
イルマはさりげなく結婚のことを否定し、昨日の話をなかったことにしてしまう。
「そうね。新しい仲間ができたってことだよね」
笑顔のまま、ティアナも『仲間』を強調する。
(やられた……。二人の狙いはそこだったのか)
シノは二人の狙いに気付き、臍をかむ。
けれども、それは不快な気持ちにはならなかった。
むしろ爽やかな気持ちが胸に広がる。
二人はバシャバシャと音を立てて湯船から出て歩き出す。
「ティアナ。お前、きちんと主に謝っとけよ」
「ええ、何で? 別にいいでしょ、あれくらい」
「別に浮気はしてないんだからな」
言い争いながら、入り口から出ようとする時、
「シノさん、出ないの? 浸かりすぎは身体に悪いよ」
「そうだ、出発も近いし、無理すんなよ」
シノを手招きする。
(なんとなく二人にやられてしまいましたわ。でも、私も諦めたわけじゃありませんからね)
闘志を燃やすシノだった。
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