第169話 川を利用せよ

 王国歴164年8月8日 午前11時 ジーナの家の中にて―――


 ジーナはみんなをテーブルに招き寄せる。

 そこには、縦横1mほどの村周辺の地図が置かれていた。


「村の北側には、フェルトベルク山がそびえ、その中腹に川の源泉があります。そこから川が下流に流れていきます。北側はリベ川、南側はバルノー川です。リベ川はシュトラントの首都を通り、さらにコムニッツ公爵領、王都へと続いています」


 ジーナはその川を指差しながら、


「この川を物資の運搬に利用するのです。高いところから低いところへいくのに、動力はかかりません。馬で運ぶよりも安価に多くの荷物を運ぶことができます。しかも、人も大量輸送が可能です。旅行も気軽にできますよ」


 その発想力は、船造りをする者としては当たり前なのだろう。

 レオンシュタインたちは、馬車での運搬しか考えていなかったため、考えの幅が大きく広がった。


「下りは分かった。でも、上流には行けないんじゃないか?」


 レオンシュタインは素朴な疑問を述べる。

 周りにいたレネやフリッツも、頭を縦に振っている。

 妹のレベッカはその様子を見て、話し合いに参戦する。


「そんなの簡単です。櫂や帆を使ったり、人や馬が引くんです。川が急じゃなかったら、ある程度の所まで行けます。そこに、荷下ろしや積み込みの出来る船着き場を造ればいいのです」


 レネはその素晴らしさを十分に理解できた。

 

「分かりました。では、まず交渉がいらない南側のバルノー川でやってみましょう。どこに何を造ればいいか、指示してください」


 レネが尋ねると、ジーナは地図の中に施設を書き込み始める。


「3つです。バルノー川上流の船が移動できる限界のところに、船着き場と造船所を造ります。そこなら、すぐに川に船を浮かべることができます。あと1つは川の下流、なるべく村に物資を運びやすいこの辺りがよいと思われます」


 ジーナは、すでにこの構想を実現すべく、船着き場などを考えていたらしい。

 造るだけではなく、運用まで考える希有な人材といえる。


「早速、取りかかりましょう。ディーヴァさん、人を回してもらっていいですか?」


 レネの依頼に、


「俺が直々に指揮をとろう。船着き場なんて造るのは初めてだしな」


 と目を輝かせながら、早速、ジーナにその特徴を聞き、図面を起こし始める。

 まわりのみんなは邪魔にならないように、そっと二人の家を出るのだった。


 §


 ジーナ姉妹が船造りに取り組んでいる間に、もう一つ解決しておかなければならないことがあった。

 それは、シュトラント伯爵領のどこに船着き場を造るのかという問題だ。

 今は8月。

 村の発展を考えるなら、さらに貿易を進めなくてはならない。

 

 けれども、シュトラントのマヌエル卿、マインラート卿はレオンシュタインによい感情をもっていない。

 船着き場など、今のままでは許可が下りない。


 会議の冒頭で、フリッツが1つの提案をする。


「ヴァルデック子爵ヨシアス様にお願いするのはどうでしょう?」


 ヨシアスはレオンシュタインの従兄弟にあたる。

 シュトラントの南側に隣接する辺境の領土を統治しているが、お世辞にも有能とは言えない。

 ただ、レオンシュタインは小さい頃から、この従兄弟には何かとお世話になってきた。

 唯一、偏見なくレオンシュタインに接してくれたのは、この従兄弟だけだった。


 ただ、そんな従兄弟には2つの悪癖があった。

 1つは女癖が悪いこと、もう1つは金遣いが荒いことだった。

 特に2つ目の金遣いは、役に立たないことに大金をつぎ込み、危うく子爵領を没収されかかったこともある。


「ヨシアス様ですか……」


 めずらしくレオンシュタインが言い澱んでいる。

 悪い人ではないのだが……。

 議論が煮詰まってきたため、フリッツは休憩を提案する。


 みんなは村長宅を出て、外の空気を吸ったり、部屋の中でハーブティーを楽しんだりした。

 外に出ていたレオンシュタインはフリッツから、


「ヨシアス殿しか、今のところ突破口はないように思います」


 と提案される。

 レオンシュタインは街頭に植えられているヒマワリを眺めながら、その可能性に思いを巡らす。


(ヨシアス殿は基本的に悪い人ではない。そこは信じないと)


 会議に戻ると、レオンシュタインは、


「ヨシアス殿に会いに行こうと思う」


 開口一番、そのことを伝達する。

 他のみんなも納得し、その日の会議は終了した。


 ところが思いも掛けないことが起こった。

 そのヴァルデック子爵ヨシアスが、供の騎士2名を連れて、クリッペン村へやってきたのだ。


「よう、レオン! 久しぶり!」


「ヨ、ヨシアス様……」

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