第165話 演奏会だと思っていたら〇〇だったでござる

 王国歴164年8月2日 午後9時 シキシマ国の行政府 宴会の間にて―――


「それでは、シキシマ国とクリッペン村の友好を記念して、私とレオン様の合奏を披露したいと思います」


 シノは篠笛を胸から出し、レオンシュタインは後ろに置いていたケースからバイオリンを取り出す。

 少し音合わせをしながら、シノはレオンシュタインに昨日の曲を演奏しないかと提案してきた。

 レオンシュタインに否はない。


 会場は徐々に静けさが広がっていく。

 レオンシュタインとシノは、会場の中央に陣取り、多くの観客に一礼をする。

 その後、顔を見合わせて、


「はっ!」


 というシノの合図とともに演奏を始める。


「こ、これは……『悠久ゆうきゅう』」


 マサムネが思わず呟く。

 昨夜よりも、さらに流麗な音が響いていく。

 また、シノの表情が一際明るく、曲調にもそれが移っているかのようだ。

 祝いの曲がさらに華やかになり、祝賀の雰囲気を盛り上げている。


 時折、レオンシュタインと目を合わせるのだが、そのたびにシノの笑顔が光り輝いて見える。

 周りの若いサムライたちは、その笑顔に魅了され、シノから目を離せない。

 こんなに美しい人だったか? という疑問がサムライたちに広がっていた。


 気がつけば演奏は終わりに近づき、人々はその演奏を終えるのが早すぎると思えるほどだった。

 シキシマ国でこのような合奏は初めてのことで、会場にいる人たちは、その音楽の素晴らしさに感動するのだった。


 終わった瞬間、会場が大きな拍手で包まれる。

 シノは笑顔のまま、嬉しそうにレオンシュタインを見つめる。

 ただ、それを見ていたティアナとイルマは、モヤモヤとした感情を抱いていた。


(何なの、あの女? 披露宴みたいな雰囲気、出してなかった?)


 ところが、そこで思いがけないことが起こる。

 その場にいたサムライが一斉にタタミに座り込んだのだ。

 そして、声を合わせ、


「結婚、おめでとうございます」


 と頭を下げる。


「はあ?」


 レオンシュタインは何が起こったのか分からず、マサムネに事の次第を尋ねることにした。

 けれども、そのマサムネはシノの方へ歩み寄っていた。


「……シノ、『悠久』を演奏したなら、儂もとやかくは言わない。レオンシュタイン殿と幾久しく仲むつまじく過ごすように」


「はい、父上」


 いやいやいや、「はい父上」じゃないですよね?

 レオンシュタインは混乱しながら、マサムネに問いただす。


「マサムネ殿、どうして私とシノさんが結婚となるのですか?」


「シキシマ国では、結婚する若者達は事前に『悠久』を演奏し、披露するのが習わしなのです。素晴らしい演奏でした」


 められた……。

 昨日からシノは、そのつもりだったのか?

 シノに疑惑の目を向けると、慌てて目をそらし、口に手を当て微笑んでいる。

 策士だよ……。


 恐る恐る後ろを見ると、壁に掛けてあるハンニャ面と同じの表情の女性二人がレオンシュタインを見つめていた。

 慌てて前に向き直ると、そこでは父娘の別れの場面が展開されていた。


「シノ、お前には辛く当たってしまったこともある。それでも、お前の幸せを願っていたのは本当だ」


「父上……」


 ちょ! 二人とも何、涙なんか流してるんすか?

 まわりの盛り上がりもどんどんエスカレートしている。


「おい、祝いの舞を披露だ!」


「待って! 待ってください!!」


「何ですか? 婿殿」


 婿殿呼び、確定しちゃってますよ。

 どうしたらよいのか分からず、レオンシュタインは真っ青になって、その場に座り込む。

 シノが心配して、レオンシュタインの肩に手を掛ける。


「レオンさま、大丈夫ですか?」


 珍しく黙ったまま、レオンシュタインは怒りを露わにする。

 すると、シノは顔を伏せ、


「……やっぱり、シノのことはお嫌いですか?」


 と悲しそうに尋ねてくる。


「いや、嫌いじゃないです。ただ、急に物事が決まってしまったから……」


 シノは、その場に土下座し、頭をタタミにつけながら必死に訴える。


「強引にことを運んだのは、心から謝罪いたします。ただ、レオンさま。私はもう行くところがないのです」


 姫巫女としても求められず、父親に姉ほど求められず、シキシマ国ではシノが輝ける場所がないのは察してあまりある。

 先ほどの合奏は決別の意味が込められていたのか。

 レオンシュタインは苦い表情のまま、考えを巡らし、一つの結論に至る。


「とりあえずこの場は流れのままいきましょう。でも、正式な結婚ではないということで」


「分かりました」


 けれども、そんなことが可能だろうか?

 レオンシュタインは何だか、また騙されているような気がしたが、一度できた流れは、もう誰にも止められなかった。


「おい! 婿殿に酒だ! みんな祝いの杯をもて」


「おう!」


 会場の中央に毛氈が敷かれ、多くのサムライがそこに座り込んでいる。

 その目の前で、扇を持った二人の舞人まいにんによる祝いの舞まで始まっている。

 篠笛や太鼓の音が、その場を一際、賑やかなものにしていた。


「千年経ったら鶴の舞、万年経ったら亀の舞~」


「よう、よう~」


 サムライたちが杯を叩いて、大声で歌う。 

 舞人が扇をひらひらと回しながら、祝いの舞を踊る。

 杯が交わされ、あちこちで拍手が鳴り響き、人々の声はますます大きくなる。

 そのまま深夜まで、祝いの宴が開催されたのだった。


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