第161話 温泉とマッサージ

 王国歴164年7月28日 午後1時 クリッペン村からの街道沿いにて―――


 シキシマ国への道は、巧妙に隠されており案内人がいなければ見つけることが困難だった。

 カゲツナが先導してくれたおかげで、一行は迷うことなく進むことができる。

 ただ、その道は獣道を少し広くした程度のものであり、すぐに草木で覆われてしまいそうだった。

 カゲツナは伸びた蔓を刈り払いながら進んでいく。


「なかなか進みにくい道ですね」


 レオンシュタインは馬を降り、自分も伸びた草を刈りながら、ゆっくりと前に進んでいく。


「これでも、今の時期はいい方ですよ」


 7人のサムライに的確な指示を出し、少しでも道を通りやすくしていくカゲツナだった。


 シキシマ国についたのは3日後の夕刻だった。

 暗くなる前に到着できて、全員はほっとしながら馬から降りる。


 先触れでヤスハルが知らせに行ったにも関わらず、出迎えはヤスハルともう一人の女性しかいなかった。


「シノ、ほかには誰も来なかったのか?」


 シノと呼ばれたのは腰までの黒髪が美しい清楚な女性だった。

 クリッペン村の女性とは違った淑やかな美人さんだった。


「はい、ヤスハル様が長に話してくれたのですが……」


 少し憂いの表情を見せながら、シノは頭を振る。

 ヤスハルも膝を屈しながら、


「どうしても長を連れてくることは叶いませんでした」


 頭を下げながら謝罪する。

 カゲツナはその労をねぎらいながらも、少し憤りの表情を見せる。


「私が長に話してみる。シノ、レオンシュタイン様たちを宿までご案内するように」


 そう言うと、カゲツナは大きな館の方へと歩いていった。

 シノは笑顔でレオンシュタイン一行を案内し始める。

 ただ、レオンシュタインの両サイドにはイルマ、ティアナががっちりと付き添い、腕を組んでいた。


「仲がよろしいんですね」


 シノがおっとりとレオンシュタインに話しかける。

 口元を押さえながら話すシノの所作は相変わらず美しく、レオンシュタインはそれに見とれてしまう。


 その瞬間、レオンシュタインは両手に痛みを感じた。

 右隣のティアナは仮面のままだったが、明らかに怒っているオーラを出し、ついでに電撃も出していた。

 左手のイルマは笑顔のまま、左手をぎゅうと握りしめている。


 ぎこちなく歩いていくと、目の前に宿が現れる。

 シキシマ風の大きな旅籠宿で、男性陣で一部屋、女性陣で一部屋が用意されていた。

 食事に関しては、クリッペン村と変わらないものが出されたが、パンはパサパサした食感で、ソーセージも肉汁が少なかった。

 野菜もピクルスのように漬けられたものが多く、生野菜は提供されなかった。


「あまり豊かな食生活とは言えないようですね」


 美味しいものに目がないレネは、明らかに意気消沈の態だ。

 他のメンバーも微妙な表情で食事をとっている。

 やはりルカスの育てる穀物や野菜は最高だと、改めてその力の大きさを理解したレオンシュタイン一行だった。


 ただ、食事が終わった後の風呂は最高だった。

 風呂の周囲は木々で囲まれ、自然な涼と香りを提供している。

 大きな石で区切られた湯船に入ると、木々の向こうに川のせせらぎが見える。

 静けさの中で唯一聞こえるのが、湯船から落ちるお湯の音だった。


「これは……癒やされる……」


 首まで湯船に浸かり、目を瞑ったままレオンシュタインは呟く。


「これは、ローマの風呂を超えているなあ」


 バルバトラスも顔を赤くしながら、湯の質を確かめるように両手ですくう。

 レネは既に放心状態だ。

 

 ティアナとイルマも同時に風呂を堪能していた。

 二人とも強烈なスタイルの良さをもち、肌も輝くように滑らかなのだが、両人ともその価値には全く気がついていなかった。 

 更に言えば、二人とも『美しい』と言われる期間が短かったため、自分のことをそれほど綺麗だとも思っていなかった。

 言ってくれるのはレオンシュタインくらいで、それが悲劇? を生み出しているとも言える。

 ただ、二人とも、それよりも大事なことがあると旅行の中で痛感したのだった。


「ねえ、ティアナ。あのシノって人、綺麗じゃなかった?」


「うん、黒い髪って素敵だね。すっごいお淑やかに見えるんだね」


 燃える赤毛と煌めく金髪という両者とも美しい髪をもっているというのに、二人は本気で羨んでいた。

 イルマはお湯をすくって目の前で落とし、その音を楽しむ。

 ティアナも肌のすべすべを確認するように、腕をしきりに触る。


「あのシノさんって、何だか妖しい気がする。レオンシュタインと気が合いそう」


「うん、それは思った。思わず電撃出してたもの」


「出したのか……」


 二人は温泉を楽しみつつ、あのシノという女性に気をつけようという話が決まったのだった。


 次の日からレオンシュタイン一行は、シキシマ国の街を散策できることになった。

 案内役としてシノが同行するのだが、それでも十分な好意らしい。

 カゲツナが東奔西走して、ようやく実現したのだった。

 クリッペン村と交流を深めたいカゲツナは、さらに長たちとの会合を重ねていた。


 この街はヤマトといい、シキシマ国の首都でもあり、最大の規模を誇っていた。

 街では武器や防具の店は多かったが、食事の店やその他雑貨の店は少なかった。

 ただ、マッサージの店もあり、それぞれ体験してみることにした。


「何これ! すごい、気持ちいい」


 イルマとティアナに大好評のマッサージは、全身が柔らかくなるのと、痛気持ちいいのが病みつきになる。

 バルバトラスも肩を集中的にマッサージしてもらい、目を瞑ったまま動かない。

 レネは頭のマッサージをしてもらい、すぐに軽いいびきを立て始める。


 この日の最大の収穫は、シキシマ国のマッサージは素晴らしいという事実だった。


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〇シキシマ国のシノさんと最初に出会ったときのイラストはこちら。

https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330663421130208

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