第160話 シキシマ国へ
王国歴164年7月15日 午前9時 クリッペン村の村長室にて―――
ゴート族の8人は元気になると、すぐにレオンシュタインに謝罪を申し入れる。
村長の丸太小屋に入り、木の机の前にずらりと並び、端から頭を下げていく。
「レオンシュタイン殿、本当に申し訳ない」
カゲツナが謝罪すると、残る7人も同じように頭を下げる。
レオンシュタインは全く頓着せず、すぐに、
「ようこそ、クリッペン村へ。ゆっくりと村を見てまわってくださいね」
と、笑顔で8人を歓迎した。
8人はその言葉に甘えて、すぐに村の市場を見学する。
小さいながらも多くの店が賑わっており、価格も安く設定されていた。
「ゴート族のお人、この焼き魚、絶対におすすめ! 一つ、銅貨3枚(約300円)でいいよ」
「ルカスの畑でとれたジャガイモだよ! 他のジャガイモとは旨さが違う! 1個、銅貨2枚だ! 格安だよ」
さらに、食べ物だけではなく、本や鳩時計も並べられていた。
「この鳩時計、頑丈な上に正確に時を刻むよ! 名匠ハラルドさんの工房で作られた正真正銘の本物だ! 銀貨5枚(約5万円)で買えるのはこの村だけだよ~」
「天才手品師アルベルトさんの『幻影イリュージョン』のチケットはこちらだよ~。今日の昼からの公演は、残りはあと3枚! 1枚、大銅貨2枚(約2000円)にしとくよ~。感動の嵐だよ~」
「お姉さん、このシリーズの新刊『
サムライの紅一点トモエは、その内容に興味津々だった。
また、ゴート族のみんなが一番驚いたことは、誰も自分たちを特別視しないという事実だった。
今まで、どこへ行っても侮蔑や差別の対象となっていた自分たちを、この村は自然に受け入れている。
その、自由な、肩の力が抜けるような感覚は、新鮮であり、かつ大いなる喜びであった。
「気持ちのいい村ですね」
トモエは本を3冊も購入し、ホクホクしながら散策を続ける。
カゲツナも小型の鳩時計を購入して、荷物にならないようにと背負える専用バックまでサービスしてもらった。
「何だか、自由に息ができる気がするな」
先ほど買ったロングソードを腰に下げながら、キヨマサはニヤニヤがとまらない。
どこへ行っても自分たちを歓迎してくれるのだ。
全員がその『自由』を享受したのだった。
§
さらに滞在が1週間を過ぎる頃、カゲツナはレオンシュタインの丸太小屋を訪れていた。
村は建設ラッシュであり、この丸太小屋はみすぼらしい感じであるのに、レオンシュタインは一向に建て替えなかった。
「レオンさん、いますか?」
ちょうどレオンシュタインはバイオリンの練習中だった。
近くでは、ヤスミンとティアナが近頃流行っているナイン・メンズ・モリスに夢中になっていた。
黒と白の石を動かし、3つ並べると相手の石を取れるというボードゲームだ。
「ああ、カゲツナさん、いらっしゃい。何かご用ですか」
バイオリンを弾く手を止め、レオンシュタインはすぐに笑顔で応対する。
「実は私の傷も癒えましたので、国に帰りたいと思います」
「もうお戻りですか。それは残念です」
その返答を聞きながら、カゲツナは提案する。
「そこで、お世話になったクリッペン村の人たちを、我がシキシマにご招待したいのですが、いかがでしょう?」
「シキシマ国は行ったことがないので、是非、行かせてください!」
すぐに話し合いがもたれ、シキシマ国へはレオンシュタインのほかに、ティアナ、イルマ、バルバトラス、レネの5名が行くこととなった。
出発当日、村長宅前で出発準備をしていると、何人かがゴート族の方へ近づいていくのが見える。
「トモエさん、本を買ってくれてありがとう。向こうに着いたら、これ読んで」
手渡されたのは、この前購入した本のシリーズ第1巻『無自覚ハーレム男に正義の鉄槌』だった。
「ありがとう。向こうに着いたら、すぐに読むから」
「うん、また、買いに来て」
二人は本の内容のことでひとしきり盛り上がる。
トモエには、このような体験は初めてであり、自分がずっとこの村に住んでいたような感覚さえ覚える。
(私が私じゃないような気がする……)
ずっと剣に明け暮れていたトモエにとって、ここでの体験は大きな価値観の変化をもたらした。
また、となりのサムライを数人の男達が取り囲んでいた。
「ヤスハル、これ餞別のビールだ。途中で飲んでくれ!」
「もう一回、釣りしたかったなあ。ヤスハル、今度は釣れると思うぜ」
「一緒に働いたマグロ組のことを忘れんなよ! これ、俺の作ったベーコン! 道中で食えよ」
サムライの一人ヤスハルは、ディーバの建築作業を手伝い、賃金を得ていた。
その時、一緒に働いたのがこのマグロ組のメンバーだった。
ヤスハルもまた、サムライとして武芸だけに明け暮れていたため、ここでの体験は強烈に思い出に残った。
働いた後、一緒に飲みに出かけたこと、海に釣りに出かけ何もつれなかったこと、働いたあとにみんなで食べに行き、思い切り歌ったことなど、そのどれもがキラキラとした体験となった。
特に3日間働いて、銀貨6枚というシキシマ国の約5倍の高給に驚いた。
命をかけなくても、こんなにお金を稼げる事実に衝撃を受けたのだった。
「みんな、ありがとう。俺、もう少し働いていたかったよ」
そう話すヤスハルに、みんなは、
「じゃあ、もう一度こいよ。今度は、最近出来たばかりのお姉さんの店に行こうぜ!」
口々に再訪を促す。
ヤスハルも満面の笑みでそれに答えるのだった。
そのような強烈な思い出を残したクリッペン村を後にし、サムライの一団とレオンシュタインの一行は、7月の下旬に一路シキシマ国へと向かうのだった。
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