第159話 水道完成と少女文芸
王国歴164年7月6日 午前8時 クリッペン村の村長室にて―――
ゴート族が村で暴れた何日か後、村に1つの朗報が入ってきた。
村の中心まで流れるオイゲンの特級水道が完成したのだ。
みんなは朝8時に、村長宅前に作られた円形の水飲み場の前に集まっていた。
オイゲンは誇らしげな顔で、村長宅の壁に掛けられた時計を眺めていた。
ハラルドの力作で錘で針を動かす、鳩時計の一種だ。
他の作品と大きく違うところは、時間がくるとハンマーが鐘を叩いて時間を告げることだった。
村人は、それで時間を知ることができる。
「8時にアレックが水門を開くことになっている」
オイゲンは、その長い針が12時の方向を差すのを、今か今かと待っていた。
針が真上にきた瞬間、時計の上部の扉が開き、鐘が高らかに打ち鳴らされる。
朝の8時になったのだ。
すぐには水は流れてこない。
話をしながら待っていると、水飲み場に置かれた石作りの蛇の口から水が流れ始める。
やがて、4方向の全ての蛇の口から水が流れ始めた。
「成功だ!」
集まった人たちは大きな声でその偉業を称える。
すぐに、手に水を受けて飲んでみると、冷たくて美味しい。
これからは、すぐに新鮮な水を手に入れることができる。
7月も始まったばかりの暑い時期に、本当にありがたいことだった。
その喜びを窓から眺めていた黒髪の一団がいた。
ようやく体調が回復してきたカゲツナたちだ。
「カゲツナさま、この村は井戸がないのですか? 遅れてますね」
サムライのリーダーであるキヨマサは、馬鹿にしたような口調で溜息をつく。
「遅れているのはお前だキヨマサ。あの水がどこから流れてくるのか知ってるのか? 遙か上流の川から石のパイプを通って、ここに流れているのだ。我らには真似の出来ない技術だぞ」
「石のパイプ?」
「そうだ。彼らは10kmも上流から、綺麗な水を得るためだけに膨大な数のパイプをつなげているのだ」
キヨマサは二の句が継げない。
こんな小さな村がローマの水道を模しているというのか。
「模しているのだ、キヨマサ。彼らは途方もないことをやり遂げている。この村と何とかして交流をもちたいものだ」
そう言いながら、ずっと窓の外の様子を眺めているカゲツナだった。
§
また、村に急速に普及し始めたものの1つに『少女文芸』などの小説があった。
これは、王国に急速に広まっている活版印刷の技術を導入したもので、村の工房では30人が本作りのために働いていた。
「文化にお金を使えるようになってこそ、人々の生活は潤います」
レネはそう言うと、活版印刷の機械を2台購入し、それを貸与して気軽に本を出版できるようにしたのだ。
ちなみに『少女文芸』とは、少女のための読み物で、主に女性の作者が恋愛を中心とした物語を読者に提供していた。
シャルロッティはリア充を暗黒魔法で懲らしめる物語の作者であり、一部で絶大な人気を誇っていた。
すでに、5巻目に突入しており、題名も「無自覚ハーレム男に正義の鉄槌」「人前でイチャつく赤毛の女を冥界へ送れ」など、直球過ぎて出版禁止になりそうな内容だった。
「ええか? リア充を滅するこの物語を次々と広げていくで!」
本業の服屋だけではなく、小説家としても名をなしつつあるシャルロッティだった。
それに感銘を受けた何人かの若者が『少女文芸』だけではなく、詩や冒険の物語を紡ぎ始めた。
村だけでは飽き足らず、その本を持って行商に出かけるものまで現れた。
それらは、やがて王国や帝国にまで広がっていくのだが、今は人々の娯楽として普及しているに留まっていた。
また、村は人口が増えるに従って、店が急速に建ち並んでいった。
海で釣りを楽しむための釣具屋、花屋、ケーキ屋、パン屋などはもちろん、本屋、八百屋、鮮魚店、床屋、食堂などが広がっていった。
酒場の仕事斡旋の場所では、求人の紙が所狭しと並べられていた。
ディーヴァが家作りを始めた昨年の9月、村の人口は500人だった。
特級水道が完成した7月には、3500人に増加していた。
「思った通りの人口増加だな、フリッツ」
特級水道開通を祝いながら、レネは感慨深げに村を眺める。
あの何もなかったところに、水道が敷かれ、道が作られ、家々が立ち並び、小さいながらも市場がたつようになっている。
家族連れも増加し、子どもたちが道路を走っている様子が見られるようになった。
「子どもが増えたのはいい兆候だ。レネ」
持っているビールを喉に流し込みながら、フリッツは嬉しそうに乾杯をする。
レネの持つビールのジョッキがガチャンと音を立てる。
「ただ、下水道などの施設が増えないと、快適さが上がらないな」
村の行政府には、少しずつトイレに対する不満が挙げられるようになってきた。
「本格的な下水道の完成は今年の11月。オイゲンの手腕に期待しよう」
店先のベンチに座り、店員にポテトと鶏肉の唐揚げを注文する。
やがて、運ばれてきた食べ物は熱々で美味しく、二人はそれに舌鼓を打つ。
唐揚げの香ばしさとビールの苦さが合う。
7月はとても暑く、ビールが飛ぶように売れていた。
入道雲が青空に高く高く広がっている。
「で、フリッツ。帝国への利息の支払いが気になるぞ。今、金庫のお金はどうなってる?」
「人口3500人から入る住民税は、1ヶ月で銀貨2800枚(2800万円)だ」
「利息はいけそうだな。あとは、元本を減らさないと」
「それは、レオンシュタイン殿に任せよう」
レネはジョッキを飲み干し、追加のビールを注文する。
今年は購入しているのだが、来年は自分たちでつくるらしい。
「しかし、ビールまでつくるようになるのか……」
そう言うと二人は店の奥に入り、さらに酒と食事を楽しむのだった。
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