第158話 ティアナ大暴れ! 戦う前に終わってた……

 王国歴164年7月2日 午前11時 クリッペン村の村長室前にて―――


 最初に前に躍り出たのは、赤い髪を持つ女性だった。


「よお、何か勘違いしてるようだけど、それはいいや。でも、レオンの家に手を出したこと……万死に値する」


 ロングソードを抜いたイルマが、左手で手招きする。

 赤い髪がさらに逆巻くように立ち、瞳は燃えるような赤になっていた。


「死にたい奴から、かかって来な!」


 サムライの一人が前に進み出て、サムライブレードと呼ばれる細身の剣を抜き、イルマと向き合った。

 その瞬間に距離をつめたイルマは、剣を横に薙ぐ。

 細身の剣はロングソードの斬撃に耐えられず、すぐに根元から折れてしまった。

 焦ったサムライが短いワキザシブレードを抜こうとした瞬間、


「人ん家に来るなら礼儀をわきまえろよ」


 相手の懐に入ったイルマは右手をきめて相手の肩を外し、地面に倒す。

 相手は呻き声を上げたまま、右肩を押さえてうずくまり、脱臼の痛さで地面を転げ回っていた。


 同時にティアナも魔法を詠唱していた。


「レオンの家に火を……。なら、私も容赦しない!」


 黒い仮面のまま、さらに詠唱を続ける。

 いつもは吹かない暴風が吹き荒れ、周りの木々を揺らず。

 相手の馬が怯える中、どす黒い雲が空を覆い、辺りは薄暗くなる。

 ティアナは魔力の調整を全く行わず、放電もコントロールしなかった。


 そのため、空中を稲光が横に何本も走っていく。

 フリッツは大声で、外にいる人たちに避難するよう呼びかける。


「みんな、早く室内に入れ! 巻き添えを食らうぞ!」


 みんなは走って丸太小屋の中に逃げ込んでいく。

 ティアナの周りには青白い稲妻が何本も光り、空から地面に光の柱を作りだしている

 ジジッという不気味な音とともに、ティアナの身体が光っていく。


雷の嵐ゲヴィッター!」


 すると先頭にいたサムライが、


「馬鹿め! ゴート族は魔法を使えないと侮ったか。魔法の備えもしてあるわ!!」

 

 首の掛けてある飾りを引きだし、あざ笑う。


 その瞬間、巨大な閃光が相手を目がけて何本も落ちていった。

 音は辺りに轟き、外にいる人は耳を押さえてうずくまる。


 サムライの上に見えない膜があるように、雷がそこで防がれているように見える。


「よし、大丈夫だ!」


 顔を見合わせたサムライたちは安堵の溜息をつく。

 ところが、その顔が少しずつ恐怖に歪んでいく。


 ティアナが、さらに詠唱を続けると、雷の放電が更に強くなる。

 目を開けていられないほどに眩しい。

 巨大な閃光は渦を巻いてサムライの上に落ちていく。

 バリバリという轟音が何回も響き、やがてその膜が少しずつ下に押し込まれていく。


「ば、馬鹿な!」


 爆音とともに、雷がサムライを包み込む。

 それぞれが防御の石を持っていたにも関わらず、それらは全く効果を表さない。

 一人、また一人とサムライはその場に倒れていった。


 もはや、その場に立っているサムライは一人しかいなかった。

 ゆっくりとティアナは歩み寄っていく。

 いつもの優しい声ではなく、ぞっとするような低い声を出す。


「レオンを、私たちの幸せを、踏みにじるような輩を排除する」


 そう話すと、右手を挙げる。

 その手から、無数の稲妻が走り、空気がティアナの方に吸い込まれていく。

 

「止めろ! ティアナ! 村を巻き込むつもりか?」


 冷静になったイルマがティアナに呼びかけるが、爆音でティアナには届かない。

 空全体を覆うほど大きくなった黒雲のために、強風が吹き荒れ、小さな木々は根っこから倒されている。


「絶対に許さない」


 その瞬間、一つの影がティアナに近づく。


「ティア! そこまでだ!」


 レオンシュタインがティアナを後ろから羽交い締めにする。

 その瞬間、レオンシュタインは電撃に包まれる。

 無言で耐えるレオンシュタインだが、髪の毛が逆立ってしまうほど、電撃をくらっている。


 レオンシュタインが倒れた瞬間、ティアナは我に返る。


「レオン!」


 すぐに詠唱を止め、レオンシュタインを介抱する。

 自分がやったことに、涙が止まらない。

 ただ、レオンシュタインは比較的早く回復していた。


「……ティア、大丈夫」


 それを見ていたイルマは、心の中で冷静に突っ込みを入れる。

 

(マジかよ。あのとんでもない電撃でもすぐに回復できるのか。あるじは不死身だな)


 遠くで見ていたシャルロッティは、しきりに紙に何かを書き続けていた。


 レオンシュタインの頭を抱えながら、ティアナはポロポロと涙をこぼしていた。

 一緒に戦おうとしていたレネとゼビウスは、苦笑いしかなかった。


 ただ、泣きたかったのはゴート族の方だろう。

 交渉するつもりが、あっという間に制圧されてしまったのだ。

 

 村長宅から次々と人がとびだしてきて、倒れている7人全員をカゲツナが寝ている部屋に運び込む。

 窓から一部始終を見ていたカゲツナは、仲間の不作法を謝罪していた。


「みなさん、本当に申し訳ない」


 ゴート族全員がベッドの中で眠っているのを見て、カゲツナは村の掟を1つ学んだ気がした。


『掟 その1 レオンシュタインに手を出さない』


 徹底させなければ命に関わると、カゲツナは肝に銘じるのだった。


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