第148話 村の灯が見えた!
王国歴163年4月28日 午前8時 ヴァルデック領の山奥にて―――
シャルロッティの怒りが天に通じた? のか、朝方は雨が止んでいた。
フリッツは荷台から首を出し、空を眺めて安堵の溜息をつく。
地面の上に置いた鍋に乾いた小枝を入れ、火種から火をつける。
久々の火の暖かさは、自然に人を呼び寄せる。
フリッツは焚き火の上に鍋をかけ、水とエン麦、そして塩を入れる。
棒でかき混ぜると、白い粥状のものが少しずつ固まってくる。
「お粥で申し訳ないです。少しだけ干し肉を入れて食べるといいですよ」
一人に大人の握り拳1つ分のお粥が取り分けられる。
各人の好みで、塩を入れたり、干し肉を入れたりして、久々に暖かい食べ物を食する。
粥が喉を通るときの暖かさが何とも心地よい。
胃の中もぽかぽかと暖かくなり、みんなに笑顔をもたらす。
「何だか忘れられない味になりそうやな」
シャルロッティの言葉に、みんなが頷く。
質素だが元気づけられる食事を取り、みんなは出発の準備を始める。
手綱の調整や馬の食事、水やりなどやるべき事は多い。
馬たちにも疲労が少しずつ見え始めているが、前に進むしかない。
出発した街に戻るには、食料が足りない場所まで来ているのだ。
「さあ、行きましょう!」
レネの声で馬車が動き始め、大人が走るくらいの速度で低木の生い茂る森を通り抜けていく。
そのまま、1日が過ぎ、2日が過ぎ……、食料の残りが1日分になった日の夕方、道の先に微かな灯りが見えた。
たいまつの灯りらしく、ゆっくりと動いているのが分かる。
「どうやら……到着したようです」
万感の思いを込めてレネがつぶやく。
ティアナやヤスミンは、互いに手をたたき合って、到着を喜んでいる。
バルバトラスとゼビウスは、がっしりと握手をする。
フリッツは、その場にへたへたと座り込んでしまう。
食料の管理はフリッツで、今日の夕方を食べてしまえば、あと1日分しか残っていなかったからだ。
夕方になると、みんな食事もそこそこに、すぐに眠りについてしまった。
耳を澄ますと、遠くから、風が吹くようなザアザアという音が絶え間なく聞こえてくる。
翌朝、雲は所々に見えるものの太陽の光が眩しく光る。
朝食が済むと、みんな近くにある小高い丘に登りに行った。
前方は崖になっており、遠くには集落の様子がはっきりと見える。
目の前に2つの丘陵に囲まれた湾の光景が広がっていた。
東側は切り立った崖が真っ直ぐ続き、その下は白波がぶつかっているのが見える。
西側は巨木が広がった丘陵地帯が、これまた真っ直ぐに伸び、湾を挟んでいる。
西と東の丘陵の間は1300フィート(約400m)しかなく、狭い印象を受ける。
小屋は10cm角の箱にしか見えず、すぐに数えられそうなくらいしかなかった。
「ここからの景色は凄いね。湾が一望だよ」
イルマが感嘆の声を漏らすとフリッツはそれに同意する。
しばらくは会話もなく、みんな、その広々とした景色を眺めるのだった。
馬車に戻ると、すぐに村の中央まで移動する。
村長の館らしい場所の前に2台の馬車を停め、まずレネとレオンシュタインが村長の館に入っていく。
「村長さんはいますか?」
その声に反応した初老の男性がついっと前に進み出てくる。
「私が村長のレイデルゾンです」
ゆっくりと差し出した手はゴツゴツとしており、生活の苦しさを感じさせた。
「私の名前はレオンシュタイン・フォン・シュトラントです。兄上から連絡があったでしょうか?」
「いいえ、何も」
「そうですか。実は私がこの村を治めることになったのです」
任命書を村長に手渡すと、村長はそれをちらっと一別する。
「そうですか。では、私はもう故郷に戻ってもよいでしょうか」
「いえ、村のことについて教えて欲しいのですが」
「教えることなど何もありません。小さな村ですから。資料といってもわずかなものです」
一刻も早く戻りたい気持ちを隠そうともせず、村長は早口でまくしたてる。
レネとレオンシュタインは顔を見合わせる。
互いに頷き、村長の願いを叶えることにする。
村長はその日のうちに馬車に荷物をまとめ、挨拶もそこそこに去っていった。
「ここの暮らしが嫌だったんでしょうね」
小さくなっていく馬車を眺めながら、ティアナが寂しそうに話す。
けれども、バルバトラスは嬉しさが身体に溢れていた。
「俺は楽しみで仕方がない。この村で俺はやりたいことがある」
フリッツも満面の笑みだ。
「法的にも、村の所有者はレオンシュタイン様です。みんなが笑って暮らせる街を目指しましょう」
ついに夢の第一歩が始まった。
全員、馬車から荷物を降ろし、村長の館に入っていくのだった。
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