第147話 リア充、滅すべし!

 王国歴163年4月26日 午前11時 ヴァルデック領の街道にて―――


 詳しい地図もないため、一行は用心深く、馬車を走らせる。

 国境の町ウェンドローを過ぎてから、すでに3日が過ぎている。

 ウェンドローで購入した食料は6日分。

 保存がきかない食料を優先的に食べる。


 レオンシュタイン一行は、周囲を警戒しながら村を目指し、馬を走らせる。

 無情にも空には黒い雲が広がり始め、肌寒い風が9人の頬をなで始めた。

 レネとフリッツは馬車を停め、地面に降り立ち、相談を始める。


「あと、どれくらいで村に着くかな?」


「全く、分からないな」


 レネがフリッツに尋ねるが、地図もないため答えようがない。

 そのため、レネは誰かに先行してもらい、村を探してもらおうと考える。


「フリッツ、乗馬のメンバーに先行してもらったらどうだろう?」


「俺は離れない方がいいと思う。戦力を分散していいことはない」


 その意見にゼビウスも賛同する。


「別に急ぐ必要も無いだろう。坂もやや下りに変わっている。もうすぐだ」


「そうだな。クリッペン村は海沿いだから、あとは降りていくだけさ」


 バルバトラスも身体を伸ばしながら、のんびりと答える。


「すまん。少し焦っていたようだな。雨に濡れる前にと思ったんだ」


 レネは馬の手綱を結び直しながら、フリッツに謝る。


「いいさ。確かに雨は嫌だからな」


 急速に春の暖かさが消え、肌寒さが増してくる。

 雨粒が大きくなってきたため、全員が外套を着込んでから出発する。

 馬の脚を心配して、さらにゆっくりな歩みとなる。


「車輪が埋まらないように気をつけろ!」


 フリッツが大きな声を出しながら、何度も注意を促す。

 雨は本降りになり、足元の土が少しずつぬかるんでくる。

 馬も脚をとられがちになり、ついに人が歩く程度の速さになってしまった。


「レネ! みんな馬や馬車から降りて歩いた方がいいな」


「そのようだ」


 黄白色の土が水と一緒に足元を流れていく。

 ティアナは空を見上げるが、どこにも晴れ間が見当たらない。

 それどころか、さらに激しく雨が叩きつける。


「前が見えにくい! ティアナさん、光球をお願いできますか?」


「おけ!」


 すぐに60cm程の光球が2つ、馬車の前に現れる。

 ティアナは人間の歩みに合わせて前に進むように、光球をコントロールする。

 しばらく進んでみたものの、雨が激しくなる一方のため、今夜は馬車の中で寝ることに決まった。

 レネは、小さなパンと林檎を1つ、全員に渡す。


「今日は暖かいものが無理そうです。これを食べてくださいね」


 レネの馬車ではレオンシュタイン、ティアナ、イルマ、ヤスミン、シャルロッティの5人が、フリッツの馬車ではフリッツ、レネ、バルバトラス、ゼビウスが眠る。

 イルマとヤスミンは交代で見張りをすることになった。


 女性陣は、林檎を囓りながら、海で魚を釣りたいとか、泳ぎたいなどの話題で盛り上がっていた。

 男性陣は、どうやって村の人口を増やすのかなどの話題で盛り上がっていた。

 どちらにも共通していたのは、楽しそうな表情だ。

 外套が濡れ、乾かしようもない中、干し草にシーツをかけて、そのふかふかを楽しみながら話をする。

 みんな、昔のキャンプを思い出すのかテンションは高まる一方だった。

 

 食事がすんでも、雨の勢いは一向に収まらなかった。 

 馬車の幌が雨で湿り、ぽつぽつと荷台の中にまで垂れ落ちてくる。

 みんな雨を避けるように、思い思いの場所で荷台の横に背中をつけ、脚をやや曲げながら身体を休める。


「ねえ、レオン。ここ、ここ」


 ティアナは自分の膝を指差す。


「ここだと、足を伸ばして眠れるよ」


 それを聞いていたシャルロッティは、荷台の隅っこで突っ込みを入れる。


(こんな土砂降りの中、この人らイチャイチャし始めたで。何なん?)


「でも、ティアの足が痛いんじゃ?」


「ううん、レオン。馬で疲れてるでしょ。私は大丈夫!」


「ティアこそ、ぼくの膝で寝るといいよ」


 シャルロッティの苛立ちはMAXに達する。


(何なん? 私がいるにも関わらずアナザーワールドを展開しとる。レオンはん、恐ろしい、恐ろしいわあ)


(というか、今、盗賊に襲われたら、躊躇せずに盗賊の味方をする自信があるわあ。ここです! 盗賊さん、あいつらですって)


 そんな物騒なことを考えながら、シャルロッティは眠りにつく。

 やがて、荷台の中は静寂に包まれ、幌に打ち付ける雨の音だけがその場に響いていた。

 

 次の日も雨は降り続いたが、昨日ほど激しくなく、時々、降り止むようになった。

 ただ、馬車は遅々として進まない。  

 晴れている日の半分しか進んでいなかったが、みんな少しずつ森が開けてきていることを感じていた。


 雨が降りしきる中、今日も荷台で夜を明かすことになった。

 シャルロッティは昨日のこともあり、早々に寝ようとしたのだが、今日は別の人物が自分を苛立たせる。

 イルマだ。


「主。今日は私の膝を使ってほしい」


 有無を言わさない強さがあった。

 ティアナが抗議しようとすると、


「あら? 昨日、誰かさんは堂々とやってましたね? あの雨の中」


 シャルロッティは気付かれないように何度も頷く。

 昨日のことを持ち出されると、ティアナも言いようがない。

 暗黙の了解の雰囲気が荷台内に広がる。


「ちょ、イルマ。何で生膝?」


「主、遠慮しないで」


 それを聞いていたシャルロッティは、昨日に引き続き、荷台の隅っこで突っ込みを入れる。


(この人らイチャイチャしないと死ぬの? あと、なんで『膝の上で寝るのが普通』みたいな流れができてるわけ?)


 イルマの膝に頭を乗せると、イルマは胸をわざとレオンシュタインに押し当ててくる。


「主、そんなに胸を触られると恥ずかしい。二人が見てるよ」


「そっちが無理矢理つけてるんじゃ」


 シャルロッティの苛立ちは頂点に達した。


(私の有り金、全部使っていいから、誰かこの二人を暗黒魔法の餌食にしてもらえんかな。二度と這い上がれない地獄の底へ、引きずり込んで欲しいわあ)


 シャルロッティは目の中に黒い情念を燃え上がらせる。

 そうして、シャルロッティの神経を逆なでにしながら、その夜も過ぎていくのだった。


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 雨の中、仲良く過ごすのはいいのですが、

 一人だけ闇の世界に引きずり込まれそうになっています……。

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