第146話 領土へ向かって
王国歴163年4月22日 午前11時 シュトラント城 正門前にて―――
横からイルマが、うんざりだという表情で口を挟む。
「いやあ、毎日、大変だったよ。部屋の壁が薄いから、声がダダ漏れでさ。解放されると思うと、ほっとするな」
ティアナは赤くなって下を向く。
マインラートはギリっと口を噛むと、ティアナを手で追い払うような仕草をする。
「もう行け。そんな女に用はない。お金も返してもらう」
レオンシュタインに近づき、抜け目なく金貨の袋をひったくると、その場を去っていった。
「ありがとう、イルマ」
ティアナはイルマに近寄り、軽く抱きつく。
「あんな奴と関わるのが嫌だからね。さっ、行こ」
そう言うと、ティアナと一緒に馬車に乗り込んでいった。
「では、出発」
レネの号令の下、二頭立ての馬車は滑るように前に進んでいく。
みんなの待つ宿屋は、城からそれほど離れておらず、外で待機組が到着を待っているのが見えてきた。
「領土をもらえたよ!」
レオンシュタインは叫んで馬車から飛び降りる。
待機組はレオンシュタインの肩を叩きながら祝福する。
フリッツは、宿屋の前にある広場にみんなを集合させ、これからの方針を話し合うことにした。
全員が木や柵に腰掛け、輪になって話を聞いている。
「それでは、クリッペン村について私が掴んでいる情報をお知らせします」
レネはみんなの顔を見ながら、ゆっくりと語り出した。
「クリッペン村は、人口が100名前後の小さな村です。主な産業は石の販売です」
どこでそんな情報を仕入れたのか、やけに詳しい。
「村の西側に巨木の広がる山地があり、南側は海となっています。なお、海側は切り立った崖となっており、船が停泊することを妨げております」
「じゃあ、海から魚を取ることができないんじゃ……」
レオンシュタインは素朴な疑問をつぶやく。
「その通りです。クリッペン村は、その地形的な理由から漁港として発展しませんでした。村の住人のほとんどは石切場で働いております。それ以外は特に話を聞くことができませんでした」
聞けば聞くほど、石以外は何もないことが分かる。
フリッツも情報を付け足した。
「産業も発達しておらず、石材を扱う業者があるくらいです」
それでも、自分たちの領土をもらえたのは嬉しい。
「やりがいがあるってもんだ。儂も久々に畑を耕すか」
バルバトラスが袖を
シュトラント地方の4月の気温は15度を超えることもある。
今日は雲があまり見られず、春の爽やかな風が吹き渡っていた。
「早くどこかに落ち着いて、服の型紙をつくらなあきまへん」
シャルロッティも腹に力を入れて話す。
帝国で描きためたスケッチを生かした服を作りたくて堪らないのだ。
今まであまり出来なかったことから、その気持ちもひとしおだろう。
「頼んでいた食べ物の準備はできていますか?」
レネは一番気になっていたことを確認する。
ヤスミンが手を上げ、その場に立つ。
「全員分の食料、3日分は買っておいた。馬の飼料も積んだ」
待機組が手分けして、購入したらしい。
クロートローテンは都会だけあって、何でもすぐに買えたそうだ。
フリッツが小さいパンと林檎を手渡し、全員が昼食を取り始める。
みんなが林檎を囓り始めた頃を見計らって、フリッツが馬とそれぞれの馬車へ乗り込むように促した。
「クリッペン村まで、のんびり行きましょう」
フリッツの言葉と共に、2台の馬車と5頭の馬は歩み始める。
フリッツの馬車にはティアナ、レネの馬車にはシャルロッティが乗り込み、バルバトラス、ヤスミン、レオンシュタイン、イルマ、ゼビウスの5人は馬に乗っている。
レオンシュタインは一際、感慨が深かった。
ティアナと二人で昨年の9月に出発してから、もう8ヶ月が経過していた。
ビコーやルイーズと出会ったのはここだった、ここで眠ったけど身体が痛かったなと思い出は止めどなく湧いてくる。
あの時2人で歩いていた道を、今は9人で通っている。
しかも馬車付きで。
懐かしい丘や川を眺めながら、その時とは違う春の匂いを感じるレオンシュタインだった。
何事もなく、9人はゆっくりと南下していった。
ピルネの街を通っているとき、ティアナのテンションが上がる。
「ねえ、レオン。スコップ亭が見えてきたよ。寄っていこ」
と、馬車を停めて、主人とおかみさんに抱きついていた。
また、少し進むと、
「ここに林檎売りのおばあさんがいたんだよ。魔術院のマーニさん。今、どうしてるかな?」
と、別の林檎売りから林檎を買ったりした。
国境の町ウェンドローまで、雨が降らなかっために行程は順調だった。
マインラートの妨害があると警戒していたのだが、特に何も起こらなかった。
イルマのあの一言のおかげと言ってもよかった。
ところが、国境を過ぎた途端、道幅が狭くなってきた。
道路も石がほとんどなくなり、黄色い土ばかりが目立つ。
雨が降ってきたら、馬車は通行不能になりそうだった。
「ヤスミンさん。探知の魔法を時々使ってください」
レネが警戒し始める。
道は続いているものの、少しずつ木が多くなってきた。
しかも、どの木も大きく枝を広げている。
昼なのに少し薄暗く、盗賊がいてもおかしくなかった。
寝るときも、まわりのブッシュを切り開き、安全を確保してから休む9人だった。
-----
懐かしい地名に作者も懐かしさを感じます(*'▽')
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます