第141話 公爵に訴えてやる!

 王国歴163年4月6日 午前7時 ピノの牧場にて―――


「支払いはチップ込みで銀貨50枚(約50万円)」


 レネは出発前に、銀貨の詰まった袋を主人に渡す。

 主人は満面の笑みで、全員分の大きな弁当まで用意してくれた。


「まあ、妥当な値段だな。むしろ、安い!」


 フリッツは荷台に全員の弁当を積み込みながら話すが、ティアナやイルマは、支払いのスケールが変わってきたことに驚きを隠せない。


「みなさん、ゆっくり眠れましたか?」


 レネが全員の体調を確認する。

 夕食は、みんなよく食べていたし、眠れない人は見当たらなかった。

 レネはこういった部分でもマメな男だった。


中等学校ギムナジウム先生レーラーみたいだな。レネ」


 からかうフリッツを無視しながら、日程の説明を始める。


「今日はグライフ公爵領へ急ぎましょう。私の計算では、今日を含めて2日で到達できます」


 イルマが疑問を呈する。


「敵に攻撃される心配はないのか?」


「ないとは言えませんが、限りなく低いでしょう。この先は低い丘陵や平地が多く、兵を隠せる場所がありません。それに……」


 それを引き継ぐ形でフリッツが答える。


「昨日、私たちを取り調べた兵士の紋章を見ましたか? 隠し忘れたのでしょう。一つだけヴェルレ公爵家の紋章がありましたよ」


 それを聞いたレネは、狡そうな笑いを浮かべながら語りかける。


「さすが我が悪友。抜け目が無いな」


「当たり前だ。そこを確認できれば、逃げやすくなる」


 二人がニヤニヤしているのを見て、シャルロッティが疑問を差し挟む。


「フリッツはん、何で紋章があれば逃げやすいんでっか?」


 フリッツは表情を改め、全員の顔を見ながら伝達する。


「私たちを追っているのは、王国ではなく、ヴェルレ公爵家の私兵だということです。閣僚まで話が通っていない可能性が高いのです。私兵ならそんなに多くの兵を動員できません。ウルリッヒ卿に止めさせてもらえる可能性も高くなります」


 けれども、シャルロッティの疑問は続く。


「でも、そんなことが許されるんですかね?」


「許されるみたいですね」


 王国の支配体制の穴を全員が感じる。


「ああ、言い忘れてました。レオンシュタイン殿とヤスミンさんは、一足先に公爵領へ行ってほしいのです。今なら危険は低く、かつ次の一手が打ちやすくなります」


 その言葉にイルマが反応する。


「私の方が護衛に相応しいと思うが」


「公爵領までの道のりで、レオンシュタイン殿に必要なことは、戦って勝つことではなく、逃げることです。イルマさんは、逃げることがそれほど得意ではないとお見受けしました。だからです」


 正論にイルマは頷かざるを得ない。


「レオンシュタイン殿が心配なのはわかります。でも、一番安全な方法がヤスミンさんに任せることなのです。一緒にいたいのも分かりますが、公爵領に着いてから甘えていただけると幸いです」


 真面目な顔でさらっと話してしまうレネ。

 逆にイルマは、


「ま、まあ、そういうことなら仕方がないな」


 と説得されてしまった。

 レオンシュタインは聞かなかったことにして、みんなに挨拶をすると、すぐに出発した。

 後発部隊もゆっくりと出発する。


 §


 レオンシュタインとヤスミンの馬は、ひたすら街道を走っていく。

 勿論、途中で休憩を入れるのだが、馬は疲れ知らずのまま、疾走する。


「ヤスミン。もう少し、ゆっくり行こうか?」


「ううん、このまま」


 途中で馬に食べさせる人参や干し草などを購入し、食べさせることも忘れない。

 その結果、夕方にはグライフ公爵領まで到達していた。

 すぐに厩舎付きの宿屋を探し、そこに馬を預けると、すぐにウルリッヒ卿の城まで出向く。


 門に立っている衛士に、伯爵家の証明書を見せながら、


「私はシュトラント伯爵家に連なるレオンシュタイン・フォン・シュトラントといいます。公爵にお願いがあって参上しました。どうぞ、お取り次ぎを」


 門番は証明書をもったまま屋敷に入っていく。

 ヤスミンは周辺の警戒に余念がない。

 影足を詠唱してみたが、門の中は結界が張ってあり、移動は出来なかった。


 1時間ほど経ち、辺りが暗くなってきた頃、門番が戻ってきた。


「レオンシュタイン殿、明日の朝8時にもう一度おいでください。公爵が話を聞きたいと申しております」


 証明書を返してもらいながらレオンシュタインは何度もお礼を述べる。


「では、明日、参ります」


 そう言って、宿に戻っていく、二人だった。


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 〇一足先に公爵領に行くことになったヤスミンさんのイラストはこちら

 https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330662167694299


 〇ヤスミンとレオンシュタインの二人で行くことになって、ちょっとモヤモヤしているイルマさんのイラストはこちら

 https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330662328198877

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