第140話 ご馳走を召し上がれ

 王国歴163年4月5日 午後3時 賊の現れた森の中にて―――


「みなさん、お帰りなさい。大丈夫でしたか?」


 レオンシュタインが笑顔で全員を出迎える。


「主、ティアナが凄かったよ。魔力の調整も上手くなったな」


 イルマが素直に褒めるのを聞きながら、ティアナは手を腰に当てて得意そうだ。


 全員、馬車に乗り込み、すぐに出発する。

 木々は黒く焼け焦げ、そこら中に焚き火のような匂いを充満させていた。

 火は消えていたが、灰色の煙があちこちに細く立ち上っている。


「あらら、馬たちが……。逃げられなかったようですね」


 先ほど逃がした5匹の馬が、道に固まってこちらを見ているのにレネは気付く。

 飼われていた馬なので、主人を探しに戻ってきたのだろう。


「ちょうどいいです。この馬も使いましょう。馬車のスピードも上がるし、馬の疲れも分散されます」


 レネはそう断言すると、馬に乗るメンバーを確認した。

 馬に乗れるのは、フリッツ、バルバトラス、ヤスミン、レオンシュタイン、イルマ、ゼビウスの6人だ。

 ティアナ、シャルロッティ、レネは、そのまま馬車に乗る。

 フリッツは馬車の運転のため、それ以外の5人が馬に乗ることになった。


「盗賊にしては、いい馬に乗ってんなあ」


 絶対に盗賊じゃないという意を言外に込めながら、バルバトラスは皮肉る。

 馬は不安がなくなったらしく、新しい主人をすんなりと受け入れていた。


 4時間ほど走ったろうか。

 すでに辺りは夜の帳に包まれており、月明かりがあるとはいえ、馬車での移動は厳しくなってきた。

 それでも、レネはひたすら前に進む。

 

「みなさん、ここです。お疲れさまざした」


 レネは一軒の大きな農家の前で馬を止める。

 そこには、馬の水飲み場や飼い葉桶が準備されており、馬たちの休息場所には最適な場所だった。


「このピノの宿屋は私の一押しなんです。さあ、みなさん、降りてください」


 馬たちに水を飲ませると、柵の中まで連れて行き、そのまま放牧する。

 嬉しそうに走り回る馬たちを眺めながら、宿屋に入っていく。

 農家を改造した宿屋だけあり、木組みを白く塗った柱の下に無骨なテーブルが準備されていた。

 

 みんなが席に着くと、宿の主人とおかみさんが料理を運んでくる。


ホワイトアスパラシュパーゲルとマッシュルームのホワイトソースがけ、春野菜のサラダと豚肉の特製胡椒ミックスソースがけです」


 その他にもキノコソースをかけたマス料理にポテトの付け合わせの皿も運ばれてくる。

 パンも手作りの籠に溢れんばかりに入れられている。

 エールも次々と運ばれてきて、全員の前に置かれる。

 一同から大きな歓声が上がったところで、レネが短く食事の挨拶をする。


「みなさんに春のホワイトアスパラシュパーゲルを味わってもらいたくて注文しました。それでは、乾杯!」


 乾杯もそこそこに、みんなはすぐに料理と格闘する。

 地面が揺れない場所、そして春の名物とあっては喜ばないはずがない。

 食堂は、ホワイトソースの甘い香りと豚肉の香ばしい匂いに包まれていた。


「豚肉のクランベリーソースが泣かせるなあ」


 フリッツが懐かしそうに、豚肉を頬張ると、口いっぱいに果実の爽やかな香りが広がる。

 豚肉も厚く、ぶりっとした歯ごたえと同時に肉汁があふれ出す。


「ホワイトアスパラは春の味……」


 ヤスミンはマッシュルームと一緒にホワイトアスパラを食すると、確かに大地の味が舌の上に香ってきた。

 バターソースが濃厚な味わいを増し、ざっくり、ぬるっとした食感が懐かしい。

 帰ってきたんだという思いが、みんなの胸に溢れる。


 美味しい食べ物に夢中になり、あっという間に皿は空になってしまう。

 みんな、襲撃のことなど無かったかのように、食事を心から楽しんだ。

 主人は食後のコーヒーや紅茶を準備し、奥の部屋に戻っていった。


「さすがレネだ。美味しい物を食べられる場所をよく知ってるな」


 フリッツはレネの肩を叩きながら褒める。


「美味しい物を食してこそ、人は幸せになる。お前の持論じゃなかったか?」


 言い返しながらも、安堵の笑顔が出る。

 レネも喜んでもらえたのが嬉しかったようだ。


「さて、眠りたいところですが、1つだけ話をします」


 テーブルを囲んで、みんなの顔が引き締まる中、レネは1つアドバイスをする。


「あの、そんなに肩の力を入れないでください。美味しい飲み物を飲みながら、気楽に聞いてくださいよ」


 そういうと自分はコーヒーをぐっと飲む。

 みんなも肩の力が抜け、リラックスした表情になる。

 レネはそれを見ながら、話し始める


「私たちの次の目標はグライフ公爵領まで行くことです。ここは王国の良心、ウルリッヒ卿の領土です。この人を頼りましょう」


「私たちが王国に狙われているのは、ヴェルレ公爵の息のかかった衛士に女性を差し出さなかったからです。別に罪を犯しているわけではありません。そのため、まずはウルリッヒ卿に真実を訴えるのです」


「それが駄目でも別な手を用意しています。ま、気楽にいきましょう」


 そう言うと、明日は朝6時に出発する旨を伝達し、すぐに寝室へと移動してしまった。

 全員、疲れていることもあり、すぐに割り当ての部屋に移動していった。


 ただ、レオンシュタインはゼビウスに話があると食堂に残ってもらっていた。


「ゼビウスさん。ここまで同行してもらい、ありがとうございます。でも、このままだとゼビウスさんまでお尋ね者になってしまいます。ここにお金を用意しましたので、ここでお別れにしましょう」


 ゼビウスは眠そうに目をしばたたかせて、


「ここまで来たら一蓮托生、一緒に行かせてもらおう。それに、レオンくんのバイオリン、聴いてないよ?」

 

 そうして、レオンシュタインの肩を叩き、部屋に眠りにいった。

 レオンシュタインは、頼もしい味方が同行する幸運を心から喜び、神に感謝するのだった。


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 〇馬に乗っているヤスミンのイラストはこちら

 https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330662167694299

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