第139話 森を制圧せよ!

 王国歴163年4月5日 午後1時 フリッツの馬車近くの街道にて―――


「本当に私は行かないのか?」


 レオンシュタインはレネに軽く抗議する。

 みんなが命をかけているのに、安全な場所に隠れているのは貴族の振るまいではない。

 けれども、レネは断言する。


「貴方がいてもやるべき事はありません。それどころか、みんな貴方のことを気遣い100%の力を発揮できません」


 それでもレオンシュタインは納得できない。

 レネはさらに話を続ける。


「見たところ、こちらの戦う人は一騎当千のようです。信じて待っていてください。貴方に何かあれば、私たちは負けなのです」


 レオンシュタインはようやく顔を上げる。

 レネは優しい言葉遣いになる。


「貴方がすべきことは、みんなが帰ってこれる場所であり続けることです。それは貴方にしか出来ないことなのです」


「……分かりました。みなさんの無事を祈っています」


 戦闘チームにも笑顔が戻る。

 待機チームのレオンシュタイン、フリッツ、シャルロッティ、ヤスミンは、戦うメンバーを激励する。


「ヤスミンさん、貴方は馬車で三人を守ってください。いざとなったら、馬車で逃げてもかまいません」


「分かった」


 レネは頷くと、小走りで前方の方へ移動を始め、戦闘チームはそれに続く。

 相手はこちらに気がついている。

 道の両側に木々が立ち並び、さらに奥にはうっそうとした森が広がっていた。

 周囲にはなだらかな丘陵が広がり、腰の高さまで草が生い茂っていた。


「こういった場所は、木を切り倒した方がいいんですがねえ」


 レネはのんびりと話す。

 緊張とは無縁の男なのだろうか?

 かなり近づいたところで、レネはイルマに探知をお願いした。


「150mくらい離れた高い木に3人、木の陰に7人、ばらばらに散ってる」


「ありがとうございます。なるほど、もうすぐ弓の射程に入りますね」


 レネは少し考えると、


「ティアナさん、制圧できそうな魔法の射程距離はどのくらいですか?」


「帝国で試したときは100mくらいだった」


「では、100mまで近づきましょう。弓が心配ですが、まあ、何とかなります」


 油断させるように、5人はゆっくりと近づいていく。

 そんな中、ティアナは詠唱を始める。


 少しずつ森の上に灰色の雲が広がり始めた。

 相手に動きは全く見られず、森はひっそりとしたままだった。

 雲が大きく広がり始め、その色に灰色と黒色が混じり始める。


「魔力を調整」


 殺してしまわないように、ティアナは魔力をコントロールする。


(アントリくん、魔力調整、バッチリだよ)


 ついに、小さな雷が地面に落ち始め、ガガン、ゴゴンという音が響き始める。

 黄白色のスパークがいくつも空中を走り回り、眩しさが増していく。


「雷の嵐!!」


 黒色の雲から雷が2つ、3つと落ち始め、やがて巨大な雷が木々を引き裂き始める

 ずしんという振動音が次々と鳴り、何本もの白黄色の雷が落ちる。

 激しい音が轟き渡り、雷が落ちた木々からは、赤々とした炎が上がり始めた。


 高い木の枝から、弓を持った3人の男が、ぼとりぼとりと地面に落ちてくる。

 落ちた後も動けないままだ。

 また、木の後ろに隠れていた男達は、突然の雷に驚愕し、奥に逃げようとするが後ろは既に炎に包まれていた。

 ティアナは森の奥に雷を集中させ、退路を断っていた。

 

 バリバリという音に包まれ、一人、また一人と賊が倒れていく。

 ティアナは強力な魔法を制御しながら、的確に賊を制圧した。

 地面には、すでに8人の賊が倒れていた。


「素晴らしい魔法ですね」


 レネはそう言うと、手元の弓を引きしぼった。

 ひょうっという音がしたかと思うと、残った2人の足に矢が命中する。


 結局、近接戦闘の出番は無かった。

 近接戦闘係の3人はロープを使い、敵全員を縛り付けていった。

 縛られた10人は何もしゃべらないことから、盗賊ではないことが分かる。

 レネは、


「本当は警邏隊に引き渡してお金をゲットしたいところですが」


 と呟くが、賊を引き渡す相手が、自分たちを狙っているため如何ともしがたい。

 迷惑料として、イルマは賊の持っていたお金を回収し、銀貨16枚をゲットする。


「お金を寄付して貰いましたので、賊は道に置いておきましょう」


 水と飲み物は傍に置き、ナイフを1本だけ置いていく。

 剣は回収し、馬車に積み込むことにする。

 道の少し先には、彼らの馬がいたのだが、何匹かは雷に驚き、自分から綱を外して逃げてしまっていた。

 逃げられなかった5匹の馬は、怯えた様子で後ずさりをしながら、レネ達を見つめている。


「かわいそうなことをしました。すぐ、逃がしましょう」


 そう言うと、木から馬の綱を外し、5匹とも、すぐに遠くに走り去ってしまった。

 それを見届けると、長居は無用とばかりに5人はすぐにレオンシュタインの待つ馬車に戻っていった。

 そこでは、留守番組が笑顔で向かえてくれるのだった。


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〇魔力の調整をしながら『雷の嵐』を詠唱するティアナのイラストはこちら

https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330662148736747

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