第138話 お前はガキかよ
王国歴163年4月5日 午後1時 フリッツの馬車にて―――
「で、どうだ。あの話、考えてもらえたか?」
「うん、何の話だ? お姉ちゃんの店で豪遊する話か? お前の支払いで」
けれども、フリッツは笑わなかった。
「レオンシュタイン殿の補佐の件だ」
「お前がいれば十分だろう」
フリッツは、口を結んだまま真剣な顔で前を見つめている。
「いや、シュトラント程度であれば俺だけで構わない。けれども、この王国を滅ぼし、新たな王国を立てるためには俺の力では無理なんだ」
「王国……ときたか。でかい話だねえ。騎士団さ~ん、ここに謀反人がいますよ~」
フリッツも表情を緩め、肩の力を抜く。
「俺たちは兵士たちに女を差し出さなかった、たったそれだけのために、この逃亡劇だ。大包囲網が張られてるぞ。馬鹿らしい話じゃないか」
「まあ、そうだな」
ガラリ、ガタンという車輪の音が規則的に響いてくる。
しばらく沈黙が続く中、レネは鼻でふんと言いながら、
「俺はな、別に国づくりなんて興味ねえよ」
と冷静な声で話す。
その瞬間、フリッツは大きな声を出す。
「それは嘘だ!!」
「何!?」
二人は御者席で互いの襟を掴みあった。
「お前、アイシャさんが笑顔で暮らせる国をつくるって、あれだけ力説してただろ。もう諦めたのか?」
「いや、でも、それには途方も無い道のりが……」
「簡単じゃないことはわかってる。でも、お前は酒場でずっと愚痴をこぼすつもりかよ!」
「うっせえ!! お前は中等学校の生徒か? 理想だけを掲げて、酒場で夢を語るような奴に何ができるんだ」
「……俺には、夢がある」
「だっさ!!」
レネは吐き捨てるように言葉をぶつける。
レネから手を放したフリッツは、手綱を強く握りしめた。
「婚約者のアンゲリカと築くはずだった幸せな家庭を……守るって夢が」
真剣な表情に戻ったレネは、そっと襟から手を離していた。
「俺の婚約者は伯爵の横暴で天に召されてしまった。それに、この逃亡劇だ。俺たちは、いつまで上級貴族ってやつの横暴に耐えなきゃならないんだ」
「俺は今でも夢に見る。俺の傍らにはあいつがいて、その近くには子供たちが遊んでいるっていう夢だ。そのたびに、俺は泣きながら跳び起きるんだ。たった一人、ベッドの上にな」
何も言わずに、レネは前を見つめていた。
「俺は、あの男の命を取ることはできなかった。でも、復讐を諦めたわけじゃない。俺の復讐はな……。俺が奴より遙かに幸せになるってことなんだ」
「ほう。いい響きだな」
「アンゲリカのいないこの世界で幸せになれるか分からない。でも、俺が下を向いて生活してても、あいつは喜ばない。俺は幸せになりたい。幸せな家族を守りたい、それに自分の全てをかける……って決めたんだ」
「ふん」
フリッツは込み上げてきた自分の感情を抑えつけていた。
すると、レネは、
「ま、俺の天使であるアイシャが奇異の目で見られない、幸せになる国づくりだったら、一枚噛んでやってもいい」
「当たり前だろ。アイシャさんが幸せにならなくて誰がなるっていうんだ?」
二人にようやく笑顔が戻る。
肩をすくめたレネは両手を左右に広げ、諦めたような口調になる。
「やれやれ、こんな悪友のために俺は波乱万丈の人生を歩むのか。のんびりスローライフが俺の目標だったのに」
「まあ、幸せ国家ができたら、それをしようや」
そう言うと、二人はがっしりと握手をする。
「ありがとう。……お前なら受けてくれると思ってた」
「まあ、貧しい人のために全力で東奔西走できるフリッツ様だ。一応、信頼してるよ。世界で一番な」
そう言った瞬間、レネの表情が引き締まる。
「そろそろ、お客さんが来るかもしれない。対応を話し合おう」
馬車を止められる広場を見つけると、フリッツはそこに馬車を止めた。
ヤスミンもフリッツの馬車を、すぐ後ろに止める。
「起きてください」
フリッツが全員を起こし、みんなはあくびをしながら荷台から降りてきた。
「さあ、こっちです」
いつの間に準備したのか、レネは飲み物と食べ物を配っていた。
「腹が減っては何もできませんからね」
そう言うと、自身もパンを齧りながら説明を始める。
「この先の森は、兵を隠しやすい場所です。私が王国側の人間なら、ここで襲撃します」
何でもなさそうに話すが内容は重い。
「明るいうちで良かったです。それだけでも、私たちは幸運ですね」
夕方の午後4時のため、空はまだ十分に明るかった。
みんなの肩から、少しだけ力が抜ける。
レネは、それを確認すると、次の指示に移る。
「探知の魔法ができる人はいませんか?」
ヤスミンが手をあげる。
「ここから探知できますか?」
「無理」
レネは頷くと、
「じゃあ、少し先まで馬で行ってください。ただし、危ない場合は逃げてください」
と提案した。
ヤスミンは驚きながら、逃げていいのかと確認する。
レネは当たり前という表情で、
「その時は別の策を練ります。命より大事なものはないです」
すぐにヤスミンが馬に乗って偵察に出る。
その間にレネは別の話を進めていく。
「戦闘になった場合、近接戦闘ができるのは、どなたですか?」
イルマとバルバトラス、そしてゼビウスが手をあげる。
「なるほど、では魔法攻撃ができる方は?」
ティアナが手をあげる。
「わかりました。もし、敵を見つけた場合ですが、第一は魔法で遠距離攻撃、次は弓で遠距離攻撃、その次に近接戦闘にしましょう。それ以外は、荷台で隠れていてください」
「私の目標は命は無くさず、問題解決です。敵も味方も生かしましょう。人は生きていれば、何とかなりますからね」
その考えにレオンシュタインは共感する。
「こちらの命が危ない場合は別です。そこは遠慮しないでください」
そこに馬蹄を響かせて、ヤスミンが戻ってきた。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
「向こうの森。盗賊が10名隠れてた」
「武器は何でしたか?」
「弓は3人、剣が7人」
「素晴らしい働きです」
ヤスミンを褒め、休息するようにと言いながら水筒を渡す。
そして、全員に最終方針を説明する。
「まあ、作戦というほどではありません。魔法の遠距離攻撃で弓を制圧。こちらの弓で賊を減らし、最後は近接戦闘です」
「では、始めましょうか」
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