第137話 こんな馬車に宰相様が?

 王国歴163年4月5日 午後12時 ユラニア港の近くにて―――


「良かったですね。これで安心ですか?」


 レオンシュタインが言うと、レネはそれを否定する。


「いえ、これからが大変です。敵は2つの対処をしてくるでしょう」


「2つ?」


 レネは短い言葉で説明する。


「1つは盗賊を装って襲ってくること、もう1つは相互自由通行権を一時的に停止してくることです。私たちの馬車はマークされております。向こうに馬車が見えますか?」


 後方に馬車が走っているのが見える。


「皆さんを待っている間、あの馬車の御者と騎士団が話しているのを見ました。あの中に3人の男が乗り込んでいました」


 さすがフリッツの友人だけあり、その観察眼は本物だ。


「あと、騎士団の馬が私たちの進む方へ走って行きました。盗賊に指示をするものと思われます」


 深刻な中身なのに、レネは淡々と話す。


「一番いいのはコムニッツとの国境です。そちらに向かいましょう」


 ただ、2台の馬車の進みはゆっくりだった。


「これだけの人数です。馬も大変ですからね」


 どこかで聞いたようなセリフをレネは話す。

 そう言うと、レネはいきなり馬車に横たわってしまった。


「私はしばらく眠ります。フリッツ、お前がいろいろ対応しろよ」


「分かった。寝てろ」


 馬車の中は、すぐにレネのいびきが響き始める。


「許してやってください。レネは昨日から寝ていないのです」


 御者席からフリッツは優しい目でレネを見つめる。


「王国内のギュンター商会に勤めているんです。かなりの激務だと嘆いていました。これだけの手配をするのは大変だったでしょう」


 フリッツは寝ているレネを眺めながら、話を続けていた。


「こいつは財務改善時代の悪友です。伯爵家の財務を改善するときに、どれだけアイディアを出してくれたか分かりません。商会でも馬車馬のように働かされていますが、その程度の男ではありません。国の全てを統括する宰相の器だと私は思っています」


 馬車の中は驚きに包まれる。

 ここで、いびきをかいて眠っている猫背の男が宰相?

 どう贔屓目に見ても、雑貨店の店員さんがぴったりだ。

 でも、レオンシュタインだけは笑わなかった。


「宰相が私たちの逃亡を手助けしてくれるなら、逃げられたも同然ですね」


 安心したように全員に話しかけた。

 全員の表情が緩む。


「フリッツさん、国境まではどれくらいかかりそうですか?」


 フリッツは馬車に用意されていた地図で距離を確認する。


「おそらく10日はかかるでしょう」


「じゃあ、しばらくはのんびり行けそうですね」


 そう言うとレオンシュタインは体を横たえ、眠りについた。

 他のメンバーも船旅の疲れがあるので、前後不覚に眠ってしまった。


 フリッツだけが御者席で馬の手綱を握っていた。

 そのまま、ガラガラと音を立てながら1時間は走っただろうか。

 荷台からレネが抜け出してきた。


「おう、レネ!」


 フリッツは手元の皮袋を差し出す。

 それをひったくるように奪い取ると、すぐに水を喉に流し込んだ。


「フリッツ。こりゃあ、きつい逃亡だ。相手は王国だからな」


 するとフリッツはズルそうな表情で、


「腐った……が抜けてるな」


 と笑う。

 レネもつられて口角を上げる。


「そうだ。そこが狙い目だ。お前から送ってもらった金が力を発揮してる」


 レネは口を手で拭き、皮袋を返す。

 しばらくは、二人とも黙ったまま前を見つめていた。


「で、どうなんだ? 俺たちは無事に脱出できるのか?」


 フリッツが尋ねると、レネは、


「まあ、6割ってとこかな」


 と、即答する。


「そんなに低いのか?」


 するとレネはニヤリと笑う。


「誰にも被害が出なければってことだ。2割は敵に被害が出るだろう。あと、2割は敵と味方に被害が出るだろうな」


「なんだ。100パーセントか?」


「いや、物事に100パーセントはない。でも、かなりの確率でいけると思う」


 二人は顔を見合わせる。


「じゃあ、こちらに被害が出ないようにしないとな」


「だな」


 そのまま、しばらく荷台の上は静かなままで馬車は進んでいく。


-----


〇結構有能? レネのイラストはこちら。

https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330661985572039


最後まで読んでくださり、感謝感謝です。

❤、フォローをいただけると小躍りして喜びます(*'▽')

↓こちらで「がんばって」と★で応援してくださると、とても嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16817330654964429296

作者が物語&イラストづくりに励む、原動力になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る