第136話 港に到着

「王国の港が見えたぞ!!!」


 船員の声が響く。


 王国歴163年4月5日 午前11時のことである。


 その声には無事に着いたという喜びと、長い航海がやっと終わるという安堵の気持ちが含まれていた。

 レオンシュタインの横には、ティアナ、イルマ、ヤスミン、シャルロッティが顔を連ね、港を眺めていた。

 その反対側には、バルバトラス、フリッツが、そしてゼビウスは膝を抱えたまま、港の警備を眺めていた。


 到着は昼の12時を過ぎたばかりで、船長のただならない航海技術に驚くばかりだった。

 全員が久しぶりに王国の匂いを胸一杯に吸い込んでいた。


 岸壁が近づき、ビット(係留柱)に綱が結びつけられ、ようやく下船が始まる。

 レオンシュタインは外交官のヴィフトと一緒に桟橋に立っていた。

 二人とも万感の思いが胸に迫る。


「レオン殿、また、お会いできるのを楽しみにしております」


 レオンシュタインと固い握手を交わし、ヴィフトは優雅に礼をする。

 そして、全員に挨拶を済ますと、すぐに王城へ向かって出発した。

 相変わらず無駄な会話はなく、港にはレオンシュタイン一行だけが残された。

 

 フリッツの馬車と馬は人間よりも早く降ろされており、待機場所につながれていた。

 フリッツは馬たちの元気を確認すると、すぐに全員に話があると切り出した。


「食事をしながら話しましょう」


 レオンシュタインは自分のそばにいたゼビウスに一緒に来てくれるよう話す。


「まだ、お礼の音楽を聴かせていませんから」


 ゼビウスは急いでいないことから同行することになった。

 船酔いが酷かったため、すぐに休みたいというのも理由らしかった。 


 レオンシュタイン一行は、近くにある港の食堂「ポセイドン亭」にゾロゾロと入っていった。


「私は食べ物はいいや」


 イルマを始めとして、飲み物だけを注文する人が多い中、バルバトラスとヤスミンは豚の焼肉を注文する。

 それぞれが飲み食いをしている中、フリッツは話を切り出した。


「4ヶ月前の騒動のため、私たちはすぐに王都を脱出しなければなりません。それで、この人の力を借りることにしました」


 フリッツが紹介したのは30歳くらいの痩せた男だった。

 黒髪で冷静そうな表情が特徴的である。


「レネと言います。私の旧友です。以前、シャルロッティさんにお金を届けたのがレネなんです」


 そう紹介されると、レネは一言、


「ども」


 と、頭を下げる。

 ただ、レオンシュタインはこの男の持つオーラの大きさに気付いていた。


(この人は、今まで会った人たちとは何か違うなあ)


 それが何なのかは分からなかったが、只者ではないことだけはわかった。

 同様にレネもレオンシュタインを見て、その雰囲気に圧倒されていた。


(これは常人ではない。今までに会ったこともないような巨人……)


 しばらく二人は見つめあっていた。


「レネ、これからどうするか、説明してくれるか?」


 そうフリッツに促され、レネは、はっと我に返る。

 そして、もそもそと説明を始めた。


「馬車を1台、用意しました。それだけですね」


 フリッツは拍子抜けしたようにレネに尋ねる。


「おい、『それだけですね』じゃダメだろう。すぐに門で止められるじゃないか」


 すると、レネは、


「帝国のヴィフトって人から、紋章を借りました。自由に使っていいそうです」


「何!?」


 何でもなさそうに話すが、いつの間に準備したのだろう?


「ああ、お前から連絡があって、すぐにヴィフトさんに手紙を書いたんだよ。お前にも伝えただろ?」


「ああ」


「それに通行証の発行もお願いした」


 全員はその手際の良さに驚く。

 ただ、レネは全員を急かすように話を続ける。


「時間はありません。すぐに王都を脱出するべきです。私の予想では、ここはあと10分ほどで包囲されそうです」


「ええ!?」


 すぐに勘定を済ませ、用意されていた馬車とフリッツの馬車に分かれて乗り込む。

 用意されていた方には、女性陣とゼビウス、フリッツの馬車には、レオンシュタイン、バルバトラス、フリッツ、レネが乗り込んだ。


「さあ、出発です。みなさん、あまり顔は出さない方がよいかと」


 レネは淡々と話し、みんなは荷台の隅々に体を横たえる。

 その瞬間、王国の騎士団が馬車に近寄ってきた。


「この馬車はどこに行く予定だ?」


 レネはのんびりと、


「ええ、巡礼の人たちをコムニッツまで運びます」


 しかし、騎士団は納得しない。


「実は先般、王都で騒ぎを起こしたシュトラントの罪人を探している。名はレオンシュタインというのだが、ご存知ないか?」


「ええ、知りませんねえ」


「実は、この馬車にそれらしい男が乗り込んだという密告があったのだ」


 レネは笑いながら、


「今、乗り込んだばかりなのに、もう密告があったのですか? 早いですねえ」


 最初からわかっていたのだろうが、レネは抵抗する。


「この2台の馬車は、帝国のヴィフト卿お抱えの馬車になります。それが分かっていて、お調べになっているのですよね?」


 騎士は明らかに動揺する。

 レネは帝国の許可証を準備し、


「ここに帝国の許可証もあります。相互自由通行権が適用されるはずですがねえ」


 騎士に手渡した。

 騎士ははその許可証を隅々まで見渡し、確かに本物であることを確認する。


「……本物ですね。それでは、よい旅を」


 そう言うと、そのまま出発を許可してくれたのだった。

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