第117話 孤独な戦い
王国歴163年3月28日 午後8時 ヘルマンニの隠れ家にて―――
小屋の中に入ると、小男が部屋に灯りをつけ、ぼんやりとした橙白色の光が室内を照らし出していく。
2階建ての丸太小屋で、1階はテーブルと3つの椅子が置かれ、3カ所の窓には全て黒いカーテンがつけられている。
すぐに逃げられる場所は入口しかない。
2階に人の気配がする。
大男はロングソード、小男はダガーを携帯している。
魔法については、はっきりしない。
小男はすぐに戸棚から酒とグラスを準備する。
すぐにヤスミンを酔わせてしまいたいのだ。
(一気に制圧する)
大男を倒そうと影足を詠唱するが、発動しない。
(嘘……結界魔法)
恐らく2階にヘルマンニがいるのだろう。
こんな場所にも結界を張るとは思っていなかった。
隙を作って、一人ずつ片付けるしかない。
「じゃあ、乾杯するか」
小男がグラスをヤスミンと大男に渡す。
3人はテーブルの周りに集まり、小さく乾杯をする。
ヤスミンは酒に口をつけ、薬が入っていないことを舌で確認する。
毒はかなりの訓練を受けているため、すぐに分かる。
酒は飲み込まず服に流しているが、薄暗いのでどうやら気付かれていない。
大男はグラスを持ったまま、1階の入り口の鍵を閉める。
逃げるのは、格段に難しくなった。
「ほう、なかなか美しいな」
こつこつと音を立てて、ヘルマンニが階段を降りてくる。
同時に小男が酒をあおり、
「じゃあ、上に行くぞ」
と、ヤスミンを上に誘う。
ヤスミンはゆっくりと階段を上がり、小男はそのあとを鼻の下を伸ばしながらついていく。
(まずは小男で時間を稼ぐ)
2階には小さなバーカウンターがあり、椅子も3脚ほど無造作に置かれていた。
ヤスミンはグラスをカウンターに置きながら、窓の場所を確認する。
窓は2カ所で、やはり黒いカーテンで覆われていた。
「ねえ、まずは飲みましょ」
ヤスミンが小男をバーカウンターに誘う。
カウンターに置かれていた2つのグラスに酒を注ぐ。
いつものヤスミンとは思えないほど、大人の雰囲気を感じさせる声だ。
小男は手渡された酒をぐっとあおると、すぐにバーカウンターに座る。
「じっと見られたら恥ずかしい。少し向こうを向いてて」
小男は言うがままに向こうを向く。
ヤスミンは上着をわざと音を立てて床に落とし、準備をしていることを小男にアピールする。
そして、小男の後ろに回ると両腕で小男に抱きついた。
耳元で、
「じゃあ、しばらく目を瞑ってて」
といい、二の腕を小男の首に回す。
そうして、話しかけながら少しずつ首を絞めていく。
小男は、頭がぼうっとし体が痺れてきたことを感じ、
「うん? 酔ったかな?」
と、話す。
ヤスミンは心配しながら、さらに頸動脈を絞める。
男は意識がなくなり気絶してしまった。
(気絶は数分)
小男をバーカウンターに上半身を俯せにさせると、部屋を調べてまわる。
酒やグラスを見つけると、ダガーと一緒にカウンターに置き、
「ねえ、誰か来てくれない。寝ちゃったのよ」
と、階下の男達を誘う。
すぐに大男が階段を上ってきた。
「私、退屈だわ。誰もかまってくれないんだもの」
拗ねたようにヤスミンは、大男にグラスを差し出す。
ヤスミンは自分の分を一息で飲み、グラスをカウンターにとんと置く。
大男はニヤリと笑い、一息で酒を流し込む。
「じゃあ、俺が二人分、かわいがってやる」
そういうとヤスミンにゆっくりと近づいてきた。
「きゃあ、怖い」
ヤスミンはそう言うと、大男の横をすり抜けて、下の階に走っていく。
そして、ゆっくりと酒を飲んでいるヘルマンニに助けを求める。
「助けて。乱暴にされそうなの」
そう言うと、ヘルマンニはニヤリと笑い、
「俺は優しいさ」
と言いながら、ヤスミンに触ろうとする。
大男が下に降りてきたのを見ると、ヤスミンはまた2階に上がっていく。
「じゃあ、もう少し灯りを消して」
と言いながら、バーカウンターに座る。
大男は少し足元がふらついてきたのを訝しく思いながら、上着を脱ぐ。
ヤスミンはその体を見て、
「結構、鍛えてるのね。だからかな」
「だから何だ」
バーカウンターにたどり着いたが、もう足が動かない。
「時間がかかったなって」
「……馬鹿な……」
というと、大男もカウンターに伏せてしまった。
(薬はあと1つ)
耳飾りを触りながらヤスミンは考える。
金の隠し場所が分からない以上、もう教えてもらうしかない。
ヤスミンはダガーを腰に差し、2つの窓を開け、空気を取り入れるようにする。
そして、棚にある一番強い酒をカーテンにかけ、灯りの蝋燭を取り、火をつける。
すぐにカーテンは音を立てながら炎を上げていった。
「な、何だ?」
小男があまりの熱さに目を覚ます。
「大変よ。公爵家がここを攻めてきたの! ヘルマンニさんからは、早くお金を動かすように言われたけど、どこにあるの?」
小男はびっくりして、
「裏の井戸だ」
と答える。
ヤスミンは大男を連れて逃げるように話し、下に降りていく。
下ではヘルマンニが静かに立っていた。
「まさか、公爵家の犬とはな」
その余裕の表情を見てヤスミンは考える。
何か切り札があるに違いない。
「もう諦めたら? もうすぐここに軍が来るわよ」
ヘルマンニは笑いながら、
「それは嘘だ。だったら、もう来ているはずだからな」
二階からは、小男と大男が降りてくる。
大男も目も覚まし、ロングソードを構えている。
「ヤスミン。お前には、たっぷりお仕置きをくれてやる」
その瞬間、ヤスミンは脚からナイフを2本取り、2人に投げる。
ナイフは小男の肩と、大男の右手に当たる。
一瞬怯んだ隙を見て、ヤスミンは外に飛び出した。
赤々と燃える丸太小屋を背に、ヤスミンは入口から飛び出す。
そこには、屈強の5人の男が剣を抜いて立っていた。
「まさか3人だけでくると思ったか?」
ヘルマンニは手を上げ、
「あの女を捕らえろ。捕らえた奴には、一番最後にあの女をくれてやる」
男達は歓声を上げながらヤスミンに飛びかかってきた。
ヤスミンのダガーが暗闇に光り、そのたびに周囲に血の匂いが広がっていった。
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〇赤々と燃える丸太小屋を背にヤスミンが戦うシーンはこちら
https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330665046208629
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