第116話 時間との勝負

 王国歴163年3月27日 午後3時 カハトラ公爵の屋敷にて―――


「ヤスミンから連絡がきましたか!!」


 27日の午後3時に連絡員が城に到着し、フリッツに箱を渡す。

 絶対に手がかりがあるに違いない。

 連絡員の話を聞きながら、フリッツはヤスミンからのメッセージを分析する。


「昨日、いろいろあってさあ」→昨日(25日)、何かがあった

「明後日の午後6時、私いない」→明後日(28日)の午後6時にどこかへ移動する

「頼むよ。最近物騒だからお金は3人くらいで運んだ方がいいかも。私もあとをつけられたことがあるから」

 →お金(隠し場所)3人くらい(敵は3人くらい)

 →運んだ方がいいかも。私もあとをつけられた(運んだ場所 私のあとをつける)


「昨日(25日)、何かがあって、明後日(28日)の午後6時に金の隠し場所に行く。3人の敵がいる。場所は私をつけてきて」


フリッツは話を分析し、時間との勝負になりそうだと判断する。


「急ぐ必要がありますね。まず録音を確認しましょう」


 昨日の陰謀が赤裸々に部屋の中に響く。

 中身を聞いたフリッツは、すぐに顔色を変える。


「公爵とすぐに面談です。ヤスミンの命に関わります」


 立ち上がって廊下を走る。

 公爵は誰かと面会の真っ最中だったが、失礼を承知で面会を申し込む。

 公爵はすぐにフリッツを相談室に招き入れた。

 フリッツは手に持っていた箱をテーブルに置いた。


「ようやく証拠を集めました。まずは、これをお聞きください」


 生々しい音声を聞き、公爵に驚愕と苛立ちの表情が浮かぶ。

 忠義面をした執事が、こんな昔から伯爵家の陰謀に荷担しているとは夢にも思わなかった。

 しかも、災害にかこつけて娘のハルパまで。

 公爵は怒りで身体全体が震えてくる。


「公爵、今すぐに隠密行動の出来る人物をヘルマンニ商会に派遣してください。戦闘が出来れば、なおいいのですが」


 公爵は隠密行動のできる人物をすぐに呼び寄せる。

 ただ、戦闘については難しいとの答えだ。


(ヤスミンのあとをつけても、戦闘力がなければ制圧できない。しかし、戦闘員を派遣すれば、敵に警戒される。どうすれば……)


 しかし、もう迷っている時間はない。


「では、すぐに行ってください。後発隊に場所が分かるように、このマジックマーカーを持っていってください」


「分かりました」


 マジックマーカーは、それを光らせる装置に反応する。

 気付かれずに行き先を伝えるには最高の魔法道具だ。


 公爵家の斥候はすぐに出発しても、恐らく26時間はかかる。

 到着するのは28日の午後5時の予定だ。

 それも、上手くいったらの話だ。


(でも、私は動けない)


 フリッツがいなくなれば、執事が暗躍する可能性がある。

 情報が執事に伝わっていないとも限らない。

 逃げられないように監視しておく必要がある。

 捕まえるには物的証拠となる、騙し取ったお金を押さえることが必要だ。


 後発部隊はどうする。


 そのとき、フリッツは公爵の後ろに立っている黒ずくめの男に気がつく。


「公爵、その方は?」


「ああ、紹介が遅れましたね。この方は私の古くからの友人で」


 それを遮るように、黒い男は、


「ゼビウスと言う」


 と、手を差し出す。

 身長は190cmくらいで、全身が黒で覆われており、顔もよく分からない。

 フリッツは手を握ると、ゼビウスが語りかけてきた。


「戦闘なら、私が行こう」


 フリッツはその申し出を受けるかどうか躊躇する。

 素性も何も分からない男の申し出だ。

 けれども、公爵は快諾する。


「ゼビウス殿であれば、安心だ。是非、お願いできますか」


「ああ」


 そう話すと、すぐに斥候の後に続く。


「公爵、あの方は?」


「あの方の身元は私が保障する。それよりも、これからの計画を詰めようじゃないか」


「はい。では」


 そうして、公爵とフリッツは解決に向けての動きを相談するのだった。



§



(フリッツは間に合わなかった)


 もうすぐ午後6時になる。

 けれども、誰も商会に現れないし、陰から合図も送ってこない。

 ヤスミンは選択を迫られた。


(行くか、逃げるか)


 ここで金の隠し場所を突き止めなければ、公爵家が破綻し悲しい人たちが増える。

 やれるところまではやろうと決め、同行することにする。


「お、ここにいたのか? さあ行くぞ!」


 小男がヤスミンを向かえに来る。

 顔が緩みきっていて、何を考えているのか丸わかりだ。

 手や肩をやたらと触ろうとしてくるたびに、


「それは後・か・ら」


 と、誤魔化す。

 馬車に乗りながら、ヤスミンは自分の持ち物を確認する。

 武器としては、食堂にあったナイフが4本だけだ。


 荷台に乗ってきたのは大男だけで、小男は御者台に乗っている。

 大男は用心しているわけでもなく、身体を休めたままだ。

 ゆっくりと馬車は黒い森に進んでいく。


 道が分かれる場所に来るたびに、ヤスミンは銀貨を落としていく。

 全部で15枚、月明かりで光ることを祈るしかない。

 

 2時間ほど馬車に乗っていると、ようやく目の前に古びた小屋が見えてきた。


「さあ、ここだ」


 小男はすぐにヤスミンに近寄ってくる。

 それを無視しながら、ヤスミンは辺りを見回す。

 かなり木々に囲まれており、なかなか発見しづらい場所だ。


(中にもう一人いるのか?)


 ヤスミンは覚悟しながら中に入っていった。


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