第115話 ヤスミン、娼婦を装う

 王国歴163年3月26日 午前8時 ヘルマンニ商会にて―――


「昨日の夜、店に盗賊が入った疑いがある。そのため、全員、持ち物検査を行う」


 朝の8時に全員が倉庫に集められる。

 目の前にあの大男と小男がぎょろぎょろとした目を剥きだして、こちらを眺めている。

 検査を主導するようだ。


 ヤスミンは昨日のうちに、見つかってはまずいものを処理していた。

 ただ、あの箱だけは身につけている。


「取りあえず、お前たちは下着になってもらおうか」


 とんでもない指示に従業員は口々に抗議を述べる。

 しかし、小男は頓着しない。


「嫌ならこの商会を辞めてもらう。それでも、身体検査は受けてもらうぞ」


 どちらにしても、同じことだ。

 それにしても動きが早い。


(奴らを甘く見てた)


 これだけは見つかるわけにはいかないと、ヤスミンは箱を手で握りしめる。

 周りの従業員は諦めて、上着を脱ぎ始める。

 ヤスミンもそれに合わせて、脱ぎ始める。


 ヤスミンの褐色の肌と胸はどうしても目立つ。

 小男は他の従業員の身体を舐め回すように見ると、ついにヤスミンの前にやってきた。


「おい、お前。早くその上着をどけろ」


 ヤスミンは上着で、胸の前を隠していた。

 その上着で、手の中の箱を隠している。


「ど、どうか許してください」


 消え入りそうな声で懇願する。

 けれども、小男は薄ら笑いをしながら、


「ダメだダメだ。何か隠し持っているかもしれんからな」


 と、拒絶する。

 ヤスミンは意を決したように服を落とすのと同時に、小箱を持つ右手を頭の後ろに上げる。

 そして、両手を頭の後ろで組むと、髪の毛で箱が見えないようにした。


「ほう、なかなかのスタイルだ」


 小男の目はヤスミンの美貌と胸に集中する。

 けれども、役目を忘れてはいなかったのだろう。

 視線を頭と手に移そうとする。


(しょうがない)


 ヤスミンはさらに胸を強調するように立ち、小男に話しかける。


「ねえ」


 小男は視線をヤスミンの顔に戻す。


「何だ?」


「私、今、お金が必要なんだけど、いい稼ぎになる仕事ない?」


 アサシンの訓練で習った交渉術を使う。


「あ、金が必要?」


「うん、手っ取り早く稼げるのがいいんだけど」


 流し目を使いながら、小男に近づき、息をふっと吹きかける。


「どう?」


 小男はせっかく訪れたこの幸運を掴もうと躍起になる。


「あ、あるにはある」


「本当?  あんまり手荒なのは嫌なんだけど」


 顔と胸を近づけ、さらに相手の耳元で囁くように話す。


「わ、わかった。後で連絡する」


 一瞬目をそらした隙を見て、ヤスミンはその場にしゃがみ込み、箱を服に隠す。

 

「服は着ていい?」


「もちろんだ」


 ウインクをしながら、ヤスミンは連絡を待ってると話す。

 小男は職務を早く終わらせようと、次の従業員の検査に向かう。

 ヤスミンは箱が落ちないように、ゆっくりと服を着る。


(学んだことは役に立つ)


 結局、持ち物検査では何も出てこなかった。

 部屋の持ち物も勝手に調べられていたようで、従業員からは不満の声があがる。

 主人のヘルマンニは気にせず、自分の安心を優先したらしい。

 通常通り働くようにとの命令がでて、みんな日常の仕事に戻っていった。

 

 ヤスミンが掃除をしていると、あの小男が寄ってきた。


「朝の話だが、明日の夜はどうだ?」


 事を起こすのは明後日だったはず。

 前日に、自分を弄ぶつもりか。


「明日はちょっと忙しい。明後日ならいいんだけど」


 小男は少し落胆していたようだったが、明後日でもいいだろうと考え直す。


「明後日の午後6時に馬車で行くから、準備しとけ」


「いいけど、お金はいくらなの?」


 わざとお金のことを切り出す。


「銀貨10枚(約10万円)だ」


「ええ? 相手は何人?」


「3人だ」


「ええ、3人? 疲れそう。銀貨15枚にしてくれない?」


「分かった、いいだろう」


「商談成立。じゃあ、明後日に」


 そう言うと、流し目をくれながらヤスミンは仕事に戻っていった。


 今日はフリッツとの定時連絡の日のため、すぐにでも買い物に出かけたかった。

 買い物を装って、この箱を渡せばいいのだが、今日に限って買い物の仕事がこない。

 やはりヘルマンニは警戒している。

 金の隠し場所を掴んでいない今、警戒を高めるような行動は控えたい。

 

 その時、


「すいません。今日、買い物に来ていただけなかったので、こちらに野菜をお持ちしました」


(さすがフリッツ)


 野菜売りに変装した連絡員が機転を利かせて、商会にやってきたのだ。

 すぐに、箱を手渡しに行く。


「ヤスミンさん、今日はどうして買い物に来なかったんですか?」


「昨日、いろいろあってさあ」


 その瞬間、連絡員の目が光る。


「だから今日は林檎をこれで買えるだけ」


 お金と一緒に、箱を渡す。


「分かりました。じゃあ、今持ってきますね」


 野菜売りは、すぐに荷馬車へ移動する。

 すると、そこに小男が走ってやってきた。

 林檎を持って戻ってきた野菜売りに苦言を呈する。


「おい、お前。今日は商会に入っちゃいかん」


 野菜売りはひたすら恐縮しながら、


「すんませんでした」


 と、林檎をヤスミンに手渡す。

 ヤスミンは気をそらすために、小男に話しかける。


「ねえ、明日は買い物に行けるの?」


「ダメだ」


「じゃあ、明後日は?」


「明後日の午後なら、いいだろう」


「聞いた?  明後日ならいいんだって。あ、でも」


「明後日の午後6時、私いないから、その前に野菜を運んじゃって」


 小男がニヤリと笑う。


 それを見ていた連絡員は、メモを取る。


「分かりました。午後6時前ですかね」


「頼むよ。最近物騒だからお金は3人くらいで運んだ方がいいかも。私もあとをつけられたことがあるから」


 小男の視線が気になるのか、連絡員はそそくさと立ち去ってしまった。


(後はフリッツが上手くやってくれれば……)


 明日に備えて、すぐに眠りにつくヤスミンだった。

 

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 ヤスミンはアサシン教団で様々な訓練を受けています。

 演技はお手の物なのです。


〇ヤスミンが小男を誘惑したときのイラストはこちら

 https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330661551829210


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