第114話 潜入捜査官ヤスミン

 王国歴163年2月26日 午前9時 ヘルマンニ商会にて―――


「今日から、この商会で働くことになった3人だ」


 思ったよりも楽に店に潜り込むことができ、ヤスミンは拍子抜けの気持ちになる。

 フリッツから言われたように街の口利き屋に出向き、手紙を渡したところ、すぐに従業員として紹介された。

 ヤスミンは目立つということで、髪をバサバサにして目を隠し、顔全体も泥を塗って薄汚れたようにメイクをする。


 挨拶もそこそこに、ヤスミンは従業員頭の女性に呼ばれ、仕事の説明を受ける。

 ヤスミンが受け持つのは、掃除、買い物の2つになり、朝の8時から夕方の6時まで働くという契約になった。

 給料は、1日につき大銅貨2枚(約2000円)とのこと。


(安!)


 内心でヤスミンは毒づく。

 ただ、食事は3回出されること、従業員用の宿泊施設を利用できることはありがたかった。


 ヘルマンニの店は、ダーグル伯爵家の御用達となっているため、店構えが広い。

 2階建ての売り場と応接室(100㎡×2)、その横に倉庫(64㎡)が接続されている。

 他にもトイレや食堂、従業員宿舎が建ち並び、どこに何があるのかを探るには、しばらく時間がかかりそうだった。


「じゃあ、しっかり働くんだよ」


 一通りの説明を受けると、すぐ働くことになった。

 ヤスミンは掃除をしながら、従業員を観察する。

 

「賃金は安いけど、他に働くところもないしね」


 ほかの従業員の愚痴を聞きながら、廊下を掃除する。

 寝るまでの間に、だいたいの間取りと従業員の数を把握できた。

 食事が終わり、最後の掃除を済ませると、ヤスミンは従業員用の宿舎に移動し、自分のベッドを確認する。

 部屋には2段ベッドが6つ置かれ、8人の女従業員がこの部屋を利用していた。

 幸い、ヤスミンのベッドの上は誰も使っていなかった。


 自分のベッドに荷物を置きながら、ヤスミンはフリッツの依頼を思い出す。


「ヤスミン。調べてほしいことは2つです。1つ目は公爵家から奪いとったお金の隠し場所、そして2つ目は悪事の証拠です」


 詳しい話は忘れてしまったが、この2つだけはしっかりと覚えている。

 また、フリッツから卵くらいの大きさの箱を1つ渡されていた。


「これは、音を記録できる魔法道具です。その箱にボタンがあるでしょう。それを押せば、30を数える間の音を記録できます。やり直しは出来ません」


 ヤスミンはこの箱を肌身離さず、持っていた。

 見つかれば只ではすまない。


 ヤスミンのベッドは入り口近くにあり、安全とは言えない場所だが、出て行くには都合の良い場所だ。

 ベッドに横たわると、聞かれないように探知の魔法を唱える。

 この時間は、商会に人がたくさんいることが分かる。


 しばらく仮眠をとり、深夜12時頃に目を覚ます。

 探知の魔法を唱えると、店の応接室の前に2人、宿舎に16人が確認できた。

 けれども、応接室の中は探知できない。


(結界魔法……)


 自分の探知、影足が無効になるという用心すべき情報が手に入った。

 仮眠を取りながら、少しずつ情報を集めていった。

 ただ、ヘルマンニは用心深く、手がかりをつかめない日が続いた。


 §


 商会に動きが出たのは、1ヶ月ほど後の3月25日だった。

 その日は早々に仕事が終了となり、珍しいことにみんなに酒が振る舞われた。

 ヤスミンは飲むふりをして、気付かれないように地面に流す。


 同室の子たちは、みんな前後不覚に眠っている。

 ヤスミンは廊下の足音に気づき、眠ったふりをする。

 ドアが開き、一人の男が入ってきた。

 全員が寝ているかどうかを確認すると、足音を立てずに部屋を出て行った。


(怪しい)


 黒い服に着替え、ベッドの中でいつもよりも短い周期で探知を行う。

 深夜12時の探知で、店に誰かが向かっているのを確認できた。


 すぐに廊下に出る。


 3月になったとはいえ、廊下は厳しい寒さだ。

 足音を立てずに、建物の陰から様子を眺めていると2人の男が歩いてくる。

 

(あいつらだ)


 忘れるはずもない。

 公爵家で帳簿を探していた大男と小男だった。

 二人が階段を上がり、応接室に入っていくのを見届けると、ヤスミンは二階の窓の側に移動する。

 窓を開けた瞬間、極寒の風が吹き込んでくる。

 その窓を通り抜け、窓の外へ出ると、煉瓦の出っ張りに足をかけ、応接室の窓まで移動した。


(鍵がかかってないように……)


 窓をそっとずらすと、1cmくらいの隙間ができた。

 ほっとして、窓の近くに頭を近づけ、中での会話に聞き耳を立てる。


「演奏会まで、あと3日。待ち遠しい」


 大男は声が大きく、容易に話を聞き取ることができた。


「じゃあ、前日に森へ行きましょう。女も一緒に連れて行きますか?」


 邪悪な笑いが部屋に響き渡る。

 大男は気が緩んだのか、雄弁になる。


「しかし、ヘルマンニ様。上手くいきましたね」


 それを聞き、ヤスミンは記録のボタンを押し、装置を窓際に置く。


「公爵家を乗っ取るために仲間を執事として潜り込ませ、災害復興で割増のお金をいただく。公爵家は貧しくなり、伯爵家は豊かになる。素晴らしい手並みです」


 ヘルマンニは酒を飲みながら、返答する。


「まあ、ダーグル伯爵は野心家だ。カハトラ公爵領を手に入れて、王宮内でも力を示したいんだろうよ。まあ、我が商会はその手助けをするだけだ」


「ハルパとかいう高貴な女も手に入るんですね。こりゃあ楽しみだ」


 装置からカチリと音がして、記録が終わる。

 意外に大きな音に男達が窓を睨む。


「おい、今、窓で何か音がしなかったか?」


「しました!」


 そう言うと小男が窓の側に近づいてきた。

 ヤスミンは詠唱を始める。

 ギイッと窓が開かれる瞬間、ヤスミンは影足を発動させる。

 小男に見られることなく、廊下の窓まで戻ることができた。


「……気のせいか。窓が開いてやがる。どうりで冷えるはずだ」


 小男は窓の外に顔を出し、周りを見渡して誰もいないことを確かめる。

 その後、窓をしっかり閉めると、またソファーに戻っていった。

 ヤスミンはすぐにその場を離れ、宿舎に戻る。

 身体がすっかりと冷えていた。


 自分のベッドに潜り込み、すぐに服を着替える。

 大事な魔法道具は秘密のポケットに隠し、黒い服装を庭の木の茂みに捨てに行く。


(用心は大事)


 ベッドに戻ると、驚くべき事に、また見回りがやってきた。

 先ほどとは違い、自分たちの袋の中まで確認している。

 ヤスミンの袋も中身を全て確認される。


(下着、入れてなくて良かった)


 別の心配をしながら、眠ったふりをする。

 男は何もなかったことを確認すると、すぐに廊下に出て行った。

 ヤスミンは、警戒をとかず、そのまま眠ったふりを続けていた。


-----


 ヤスミンの活躍が著しいのです。

 一人で頑張っているところが健気です。


〇ヤスミンが自己紹介したときのイラストはこちら。

 https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330661493031884


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