第113話 フリッツの推理

 王国歴163年1月23日 午後8時 カハトラ公爵 書類の保管庫にて―――


(レオン……)


 そう思った瞬間、


「あったあ。ありやした」


 隣の部屋から大きな声が響き、二人はすぐに隣の部屋に戻る。

 ヤスミンはすぐにその戸棚から降り、別の棚に登り直す。

 身体が重く、なかなかうまく登れない。

 それでも、ようやく棚の上に体を横たえた。


「どこにあったんだ?」


 執事が尋ねると、小男は自分の足元だと答える。

 少しでも自分の手柄になるように、


「そういや、自分でこの5冊だけは! って足元に落としたんでした」


 と嘘をつく。

 執事は表紙を見て、目的のものであることを確認した。

 大男は、


「念のために、隣の部屋を確認してきます」


 といい、まっすぐヤスミンの隠れていた棚の上を確認する。


(ここに何かいたような気がしたんだが)


 何も見つけられなかったことから、すぐに部屋を出て行った。

 ヤスミンの隠れていた場所はさっき確認したために、注意を払わなかった。


(ふう)


 3人が出て行って、小一時間が経過してからようやくヤスミンは動き出した。

 すでに部屋は真っ暗だったが、動けるくらいまでは体力が回復した。

 扉は鍵がかけられているため、小男達がやってきた窓から外に出て行った。

 そして、夜の12時になる頃、ようやくフリッツの部屋に戻ったのだった。


 ヤスミンは部屋に入るなり、ソファーに倒れこむ。


「ヤスミン、大丈夫か?」


 フリッツがソファーに駆け寄ると、ヤスミンは答える代わりに、5つの帳簿を差し出した。


「これは?」


「執事が隠そうとしてた」


 ヤスミンはそう答えると、すぐに吐息を立てて眠ってしまった。

 フリッツは毛布を優しくかけると、猛然と書類の読み込みを開始した。


 次の日、ヤスミンが起きたのはお昼を過ぎた頃だった。


「ヤスミン、おはよう。お手柄でしたね」


 フリッツはそう言いながら、卵とトマト、チーズ、レタスを挟んだパンを差し出した。

 飲み物はヤスミンの好きな林檎ジュースだった。ヤスミンはすぐにパンを食べ始める。

 2つ目のパンをお腹に収める頃、ようやく声が出せるようになった。


 フリッツは、これまでに調べたことの概要をヤスミンに説明し始めた。


「ヤスミンが持ってきてくれた書類で、2つのことがわかりました。1つは災害を逆手に取った資金の流出、もう一つは不可解な金貸しとの取引です」


 近くのテーブルに2種類の書類をバサリと投げる。


「執事の持ってきた書類とヤスミンが手に入れた保管庫の書類を比べてみました。驚くことに災害復旧にかかったお金の5倍を支払っています。酷いもんです。そして、資金が足りなくなると、ダーグル侯爵家のお抱えの商人ヘルマンニからお金を借りています。1ヶ月で10%の複利です。破産しない方がおかしい」


 窓の方に歩いて行くと、外の景色を眺めながらフリッツは軽く溜息をつく。


「ただ、これでは決定的な証拠にはなりません。執事に見せたところで、捏造だと言い放つでしょう」


 そこで、ヤスミンは昨日あったことをフリッツに詳しく話した。

 二人の男が手下として働いていたこと、金の運び場所が黒い森にあるらしいことを伝えた。


「それです!」


 フリッツはヤスミンの方に向き直り、興奮したように話す。


「執事に口を割らせるには、その男達の証言が必要です。それに、公爵家から騙し取ったお金は、その隠し場所にある可能性が高いです。それにしても、なぜすぐにお金を自領へ運ばなかったのか……」


 フリッツは考え込むが、すぐに解答はでない。

 それでも、光明が見え始めていた。


 その日から、フリッツは帳簿と実態を確認する作業に追われた。

 人々から聞き取りをし、公爵や執事からも話を聞いた。

 けれども、帳簿は巧妙に整えられており、なかなか執事の悪事を暴くことはできなかった。


 §


 この館に来てから1ヶ月が過ぎ、冬の厳しさが増してきた。

 2月中旬は、最も寒さが厳しい季節で、ヤスミンは毎日震えながら過ごしていた。

 そんなある日、ついにフリッツが手がかりを掴んだとヤスミンに話してきた。


「以前、災害時にお金を借りたヘルマンニという商人がダーグル伯爵家御用達だと話しましたね。その伯爵家は公爵家のハルパさんに求婚しています。今日、伯爵家が公爵家を再建させるという流れになっていることを確認できました」


「それが?」


「この公爵家への陰謀に伯爵家が関わっている可能性が高いということです。ダーグル伯爵はカハトラ公爵領を我が物にするつもりでしょう。公爵は再建してもらえると思っているようですが、それはありえません」


 意外なフリッツの断定にヤスミンは少し驚く。


「再建するつもりなら災害復興費用を割増で請求しないでしょう。借りたお金を支払えなくなったら、借金と引き替えにカハトラ公爵領をもらうはずです。求婚をしているという間柄であれば世上の噂も悪くないでしょう」


 さらにフリッツは話を続ける。


「あと、どうして奪い取ったお金を使わなかったのか、それがようやく繋がりました」


 難しい話かもしれないので、ヤスミンはあらかじめ釘を刺しておく。


「簡単にね」


 フリッツはわずかに頷くと、話を続ける。


「災害復興の資金は、公爵家でしか流通していない金貨で支払われていました。それを他の場所で使うのは目立ちます。それに溶かして新たなお金を作るのはリスクが大き過ぎます。そこで、公爵家を乗っ取り、奪った金を使おうと思ったのでしょう」


「侯爵家御用達の商人を調べる必要があります。ヤスミン、お願いできますか?」


「チーズケーキを用意して」


「勿論だ。ホールで食べさせるよ」


「それはなんか嫌」


 公爵家から馬を借り、旅の行商人の書類なども全て揃えてもらった。

 そうして、この日からヤスミンは伯爵領に潜入することになった。


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〇フリッツさんの日常の姿のイラストはこちら。

https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330661597451430


最後まで読んでくださり、感謝感謝です。

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