第112話 潜入

 公爵家の財政が急激に悪化したのは3年前からになる。

 今の執事が就任したのが4年前で、就任した年には大幅な財務改善を達成していた。

 しかし、翌年は水害に見舞われ、大幅に財務が悪化し、その翌年も水害地域の復興にお金がかかっていた。


 また、お金が足りなくなると高金利の商人からお金を借りるしかなく、さらに財政が悪化したのだった。


 王国歴163年1月23日 午後7時 カハトラ公爵の館にて―――


 ヤスミンは探知を使い、執事の場所を割り出す。

 執事の姿を見つけると、気がつかれないように後をつける。

 音を立てずに歩くのはお手の物で、全く気配を感じさせない。


 執事が帳簿を保管している部屋にたどり着くと、扉の鍵を開け、中に入る。

 保管部屋の扉が開かれた瞬間、ヤスミンも影足を使って室内に潜入する。

 影足は誰にも気付かれずに移動できる魔法で、ヤスミンは最大5m移動できた。


 執事は部屋の窓際に進むと、軽く手招きをする。

 その瞬間、二人の男が窓から入ってきた。


(フリッツ、当たり)


 ヤスミンは気を引き締めて、気配を消す。

 室内は暗いため、棚の上に登り、姿を隠す。

 3人の男達の話が聞こえてきた。


「まさか勅命とはな」


 執事が忌々しげに吐き捨てる。


「もう少しでしたがね」


 大男が低い声で答える。

 すると小男も、


「金の運び場所も変えた方がいいかもしれねえな」


 と、懸念を述べる。

 執事は、


「まあ、そっちは急がなくていいだろう。黒い森に好き好んで行く奴はいねえよ」


 と、普段とは違った口調で答えた。

 これが執事の本性だった。

 大男はかなり身体が大きく、片目に傷があった。

 その男は周囲をしきりに警戒している。


「何か気配を感じねえか?」


 片目の大男は、いぶかしげに周囲を見渡すが何も見つけられない。

 小男は、


「気のせいだろ。こんなところに誰が来るっていうんだ?」


 気にせず、必死に帳簿を探していた。


「気のせいか……」


 頭をかきながら、大男はドアの周辺を警戒し始めた。

 執事は目当ての3つの書類を探し出し、小男も


「あったあった」


 と、2つの書類を執事に見せる。


「よし、じゃあ戻るか」


 執事は3つの書類を小男に渡す。

 小男が執事の後をついていこうとしたとき、ヤスミンが行動を開始する。

 音を立てないように壁を蹴ると、本棚が小男の方へ倒れ始めた。


「うわ」


 と、手を上げて身を守ろうとした瞬間、5つの帳簿が下に落ちる。


(今だ!)


 ヤスミンは影足を使い、5つの帳簿を全てを拾い上げると、すぐに死角の部屋に入る。

 その瞬間、ドスンと大きな音がして、2つの帳簿棚が倒れてしまった。


「痛え!  助けてくれ!」


 小男が助けを求めると、大男がすぐに倒れた棚を壁に立て掛けた。

 床を見ると棚から落ちた帳簿があちこちに散乱していた。

 執事と大男は肩をすくめて、溜息をつく。


 その頃、隣の部屋ではヤスミンが帳簿の表紙の付け替え作業に取り掛かっていた。

執事達は、この5つの帳簿をすぐに探すだろう。

 それが見つからなければ潜入がバレる。

 ヤスミンは急いで作業に取り掛かったが、古帳簿の紐が中々取れない。


「んん」


 小さく悪態をつきながら作業を続行する。

 隣の部屋では執事と大男が5つの帳簿探しに必死になっていた。

 小男は怪我をしたまま放置され、地面に座り込んでいた。


「くそ、なかなかねえな」


「見分けやすい色にしとけばよかったな」


 関係のない帳簿を元の棚に戻しつつ、執事達は悪態をつく。


「ここまで見つからねえのも、おかしくねえか? 」


 もうほとんどの書類を棚に戻したというのに、その5つの書類だけが見つからない。


(できた!)


 ヤスミンはようやく表紙の換装を完了した。

 が、相手も棚に全てを戻してしまっていた。


(こうなったら)


 ヤスミンは影足を使い、入り口のドアを蹴ると、すぐに元の場所に戻る。

 その瞬間、扉は『ギイッ』と音を立てて開いた。

 大男は腰の剣を抜くと、用心しながら扉の方へ向かう。

 執事も扉の方に意識を取られた瞬間、ヤスミンは最後の影足を発動させる。

 ヤスミンは小男の尻のあたりに5つの書類を置き、そのまま隣の部屋に戻った。


(はあ、はあ)


 魔力が切れ、体力的にも限界が近い。

 息を殺そうにも、どうしても呼吸音が消せない。


(整えろ。大男がやってくる)


 また、棚の上に登ると、息を整えながら身体を小さくまとめるのだった。


「ちくしょう、いねえ。もしかして室内に潜んでるんじゃねえか?」


 大男が部屋に戻って来ると、執事も警戒のため短刀を抜く。

 二人は棚が倒れた部屋を探すと、次にヤスミンの隠れている部屋にやってきた。


「やはり気配がする」


 大男は剣を構え直す。

 ヤスミンは必死で息を整えるが、呼吸音は消せていない。

 少しずつ二人がヤスミンの登っている本棚に近づいて来る。

 ヤスミンは太ももに隠しているナイフの場所を確認する。

 けれども、今の状態では戦えそうにない。


 ついに、ヤスミンの登っている棚の前に二人がやってきた。

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