第118話 ノイエラントへ

 王国歴163年3月28日 午後9時 ヘルマンニの隠れ家前にて―――


「どうした? きつそうだな」


 ヤスミンは肩で息をしている。

 すでに、5人が腕を切られて剣を落とし、うずくまっている。

 けれども、大男、小男、ヘルマンニは、後ろで見ているだけだった。


「さっきの借りは返すぜ」


 小男はダガーを持ってヤスミンに近づく。

 ヤスミンの握力は既に限界に近い。

 小男の攻撃を受け、ヤスミンはダガーを落としてしまった。


 ヤスミンは手足をブラブラさせて、リラックスした状態を作りだす。

 小男がダガーを突き出してきた瞬間、ヤスミンは前に出て小男の腕をきめ、身体がぶれたところで、みぞおちに右膝を叩き込む。

 小男は、息も出来ずにその場に倒れ込む。


「まだ、戦えるのか。バケモンだな」


 大男がロングソードを構え直す。

 もはやヤスミンには、戦える力が残っていなかった。

 

(マスター……。ごめん)


 ゆっくりと大男が近づいてきた。

 ヤスミンはその場に膝をついたまま、ロングソードが落ちてくるのを覚悟していた。

 大男はロングソードを振り上げると、ヤスミン目がけて振り下ろす。

 ヤスミンは思わず目を閉じる。

 頭上でガンという金属音が響き、黒衣の男の剣がロングソードを止めていた。


「ツヴァイヘンダー(巨大な両手剣)……」


「よくやった。あとは、任せておけ」


 黒衣の男はそう言うと、大男に向かって猛然と剣を振るう。

 ツヴァイヘンダーは異様な音を立てながら、大男のロングソードへ襲いかかる。

 ロングソードは真っ二つに折れ、大男はあまりの衝撃に剣を落としてしまう。

 黒衣の男は、大男の首元に剣を突きつけたまま、横にいた斥候に身体を縛るように命じた。

 斥候は持っていたロープで大男の手足を縛り、その場に転がしてしまった。


「次はお前だ」


 ヘルマンニは黒衣の男が容易ならざる敵であることに気付く。

 しかも、どこかで見たことのあるツヴァイヘンダーを使う黒衣の男。

 まさか……。


「もしかして……死神ヴァレンシュタイン卿か?」


「そうだと言ったらどうする?」


 その瞬間、ヘルマンニは両手を上に上げる。


「て、抵抗はしない!! だから、どうか、私の妻子は許してやってくれ」


「お前次第だ。知っていることを全て話してもらう」


 斥候がヘルマンニにロープをかけていく。

 ヤスミンは金の隠し場所について、黒衣の男に伝えた瞬間、意識が急激に遠のいていった。

 

 §


 王国歴163年3月30日 午前9時 カハトラ公爵家にて―――


 目が覚めたら、ヤスミンは公爵家のベッドの上にいた。


「ヤスミン! 目を覚ましたか!」


 フリッツが枕元で叫ぶ。

 ベッドの周りでは、フリッツとレオンシュタインが立っていた。

 フリッツが、飲み物を差し出しながら、ヘルマンニが全てを白状したことを伝える。

 執事も逮捕され、牢に入れられているとのこと。

 落ち着いたら法の裁きが下されることだろう。

 

「……良かった」


 フリッツはうんうんと頷く。

 ヤスミンは顔をレオンシュタインに向け、


「マスター……。私、頑張ったよ」


 ほんの少しだけ笑うヤスミンだった。

 けれども、レオンシュタインは険しい顔のまま、ヤスミンを見つめている。


「マスター?」


 訝しげな顔をしているヤスミンに向かって、レオンシュタインは、


「もう少しで死ぬところだったんですよ!」


 と、強い口調で話しかける。


「だって、伯爵家の悪事を……」


 その瞬間、レオンシュタインはヤスミンの頰を叩いた。

 命がけでやってきたことをどうして認めてくれないのか、ヤスミンは悲しく、そして悔しかった。

 目に涙が浮かぶ。


「ヤスミンが犠牲にならないと、公爵家は救われないのか……」


 そう言うと、レオンシュタインは部屋を荒々しく出て行った。

 フリッツはヤスミンに休むように言い残し、すぐにレオンシュタインを追っていった。


 公爵家の庭は、雪が大分消え、緑が少しずつ目立ってきた。

 きっと夏には華やかな薔薇が咲き誇るだろう。

 そんな広大な庭の一角にある東屋に、レオンシュタインは立っていた。


「ダメですね、私は……。あんなに頑張ったヤスミンを傷つけてしまいました」


 追いかけてきたフリッツに、レオンシュタインは後悔の気持ちを伝える。

 そんなレオンシュタインの肩にフリッツは手を乗せる。


「ヤスミンに指示を出したのは私です。叩かれるべきは私ですよ」


 穏やかな口調のフリッツに、レオンシュタインは頭を振る。


「誰かの幸せのために命をかけることは、そんなにいけないことでしょうか? 誰かを守りたい、誰かを助けたいという気持ちは、尊いものではないですか?」


「ヤスミンは、公爵家に笑顔をもたらしたいと言ってました。これまで自分が不幸にした人にお金を返せない分、せめて誰かを幸せにすることで自分の罪を償うつもりなのです」


 フリッツはレオンシュタインの目を真っ直ぐ見つめながら、


「ヤスミンは、貴方との約束を命がけで守っているのです……。一言でかまいません。褒めてやってくれませんか?」


 肩に置いていた手に力を込められる。

 ヤスミンが出会ったときの約束をずっと守っていることに、レオンシュタインは気付かなかった。

 その、あまりにも健気な行動に、思わず涙を落とすレオンシュタインだった。


 その涙を優しく眺めていたフリッツは、ずっと秘めていた思いを打ち明けることにする。


「レオン様、ヤスミンにこんなことをさせたくないなら、自分で領土を、ノイエラント(新たなる地)をつくるしかありません」


「ノイエラント……」


「小さくても良いのです。みんなが幸せに、笑って暮らせる領土です。その道のりは遙か彼方ですが……。私がその地まで、お供いたします」


 フリッツが膝をつき、レオンシュタインに頭を下げる。

 レオンシュタインはこれまでの出来事に思いを馳せる。

 辛いことも多い中、みんな笑顔でついてきてくれた。

 自分はそれに値するだけの何かを示すことができたのだろうか。


 大きく息を吸い込むと、レオンシュタインはフリッツを見つめながら決意を述べる。


「私は……、私の理想とするノイエラントを設立します」


 レオンシュタインはフリッツの手をがっしりと握った。


 この日は、ノイエラントの記念すべき1日となった。

 そして、その小さな動きはやがて大きなうねりとなって、大陸を巻き込むことになるのである。


-----


ついにノイエラントを意識したレオンシュタイン。

ゼビウスもヤスミンを守ってくれて良かった。


〇「よくやった。あとは、任せておけ」と言ったときの黒衣の男のイラストはこちら。

https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330661877707270


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