第123話 踊るティアナとアントリくん

 王国歴163年2月10日 朝9時 魔法院 大講堂にて―――


 2月に入ってから寒さが一層厳しくなった。

 朝に見られるダイヤモンドダストは、凍てつく大地の上で小さな虹のように輝き、その寒さを少しだけ忘れさせてくれる。


「ねえ、アントリくん。この国の春はいつやってくるの?」


 手に息を吹きかけながら、ティアナは寒さに震えている。


「そうですねえ。一応4月ですけど、本格的に暖かくなるのは5月ですね」


 アントリは窓の外を眺めながら答える。

 窓の外は相変わらず凍てついた氷の木々が広がっている。

 ティアナは暖房で暖められた室内でも震えている。


「おはよう、ティアナさん」


 最近、ティアナとアントリの周りに人が増え始めた。

 平民や男爵家の女の子たちは、ビルキルトを倒したティアナの魔法を見て、興味を持ったらしい。


 周りが賑やかになってくると、アントリは、その場からそっと離れようとする。

 そのたびにティアナはアントリの服を掴み、その場に留まらせるのだった。


「ねえ、ティアナさん。オーロラパーティーには誰と参加するんですか?」


「まだ、決めてない」


 当然ティアナはレオンシュタインと踊ろうと思っていた。

 けれども、レオンシュタインは、ビルキルトに脅されているハルパと踊ることを夕食の場で宣言していた。


 事情を聞くと、私と一緒にとは言えなかったティアナだったが、モヤモヤを隠せない。

 その様子を見ていたレオンシュタインは、ハルパとのダンスが終わった後に踊ろうと誘ってくれたのだ。


「ティア、最初に踊れなくてごめんね」


 謝るレオンシュタインに、


「しょうがないね。でも、踊るのを楽しみにしてる」


 と笑顔で答えていたのだった。


 回想して口元に幸せそうな笑みを浮かべたティアナを、アントリは少し寂しそうに見つめていた。



 §



 二人の魔法練習は順調に進み、ティアナの習得している魔法は、1光球、2分光球3解呪、4雷の矢、5雷、6雷の回旋、7雷の嵐の7つになっていた。


「この分光球って便利よね」


 研究室の中で、ティアナは2つの光を出す。


「そうだね。2つを同時に動かせるという術式は応用が利くよ」


 アントリは分厚い本を見ながら、答える。


「何々? 最終試験の勉強?」


 光球を消してアントリに近づく。

 ティアナの髪からふわっとローズマリーの香りが漂う。


「う、うん。最終試験の相手はケーティトリだからね」


 ティアナの顔が近すぎて、アントリは少しだけ反対側に身体を離してしまう。


「で、勝てそうなの?」


「まあ、やってみるよ」


 3月の最終試験ではティアナに勝つところを見せたい。

 自分との思い出を心に残して欲しいと願うアントリは、一生懸命、研究を続けていた。

 そんなアントリを、ティアナは優しい眼差しで見つめるのだった。



 §



 学園主催の「オーロラパーティー」当日。

 1年を締めくくるこのパーティーに参加する子弟子女は、さすがに華やかないでたちだった。

 公爵家まで参加するこのパーティーは格式も高くなり、ドレスコードも厳しい。


「おい、アントリ。お前、パートナーはどうした?」


「今年も壁の花、いや、壁の煉瓦か」


「情けないな。まあ、男爵家だしな」


 嘲笑いながら、自分たちの優位を見せつけようとする。

 男性達にはパートナーが側にいて、アントリを蔑んだ目で見つめてくる。

 するとそこに、


「遅れちゃった。アントリくん」


 その場が華やかに輝くような女性が登場した。

 ティアナだ。

 仮面をつけず、髪には赤い薔薇の花をつけ、それがとても似合っている。


 ドレスも、薄いピンクを基調としたドレスで、胸元が結構空いたドレスだった。

 グブズムンドルでは当たり前らしいが、少しだけティアナは気恥ずかしい。


「ごめんね。待ったでしょ。」


 アントリの腕に手を掛けて、謝罪しながら艶やかに微笑む。

 周囲の男達は、一斉にティアナに注目する。


「お、おい、誰だよ。あの絶世の美女は?」


「確か留学生のティアナさんだと思う」


「あの美しさは息子なんかには勿体無い。是非、私の側室に」


 会場中に騒動を巻き起こすなか、アントリとティアナは、ゆっくりと進んでいく。

 アントリはティアナに小声で話しかける。


「ティアナさん、どうしたの? パートナーだなんて嘘ついて」


「いいじゃん。あの人たち、すっごく感じが悪いから。見せつけてやりましょ!」


 やれやれとアントリは肩をすくめる。

 パーティーが始まってからも、ティアナのもとにやってくる男達は引きも切らない。

 そのため、アントリはティアナへの挨拶をシャットアウトするガードマンのような役目をこなしていた。


「なるほど……僕は防波堤ですか?」


「へへ、ごめんね。でも、いいじゃん。こんな美人と一緒に過ごせて」


「自分で言うな!!」


 けれども、アントリは本当に幸せだった。

 自分の憧れている女性が、何であれパートナーとして振舞っている。

 その笑顔が紛れもなく自分に向けられていることは、やっぱり幸せだった。


「じゃ、1曲踊ろうか」


 ティアナが押し寄せる男達から逃れるように、ステージへ移動する。


「喜んで」


 ティアナと向かい合い、その手を握る。

 ティアナは悪戯な表情で口角を上げながら、微笑んでいる。

 アントリはティアナの美しさに腰が引けそうになりながらも、負けないように前に出る。


(好きな相手なら前に出なくてどうする)


 音楽が始まったら、アントリはティアナを積極的にリードする。

 楽しく踊るグブズムンドル・ポルカなのに、二人の踊りだけは優雅なワルツのように見える。

 ティアナの美しさをさらに引き出すようなアントリの踊りにも注目が集まった。


「ねえ、アントリくん。私たち注目されてるねえ」


「僕のリードが素晴らしいからですね」


「自分で言うな!」


 そう言い合いながら笑顔でくるくると回転する。

 幸せなオーラをまき散らしながら、見ている人たちをみんな笑顔にしてしまう。

 踊りでも会場中の話題を集めた二人だった。


 けれども、ティアナはレオンシュタインと踊ることは出来なかった。

 公爵家のハルパがビルキルトに決闘を申し込み、会場が大混乱になったからだ。

 パーティーも最後は盛り上がらないまま、終わりを告げていたのだった。


-----


〇「じゃあ、1曲踊ろうか」と話したティアナのイラストはこちら。

https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330661248180658

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