第122話 ビルキルトと模擬戦

 王国歴163年1月27日 昼1時 魔法院 大講堂にて―――


 1月も末になり、ティアナは魔法院での生活にも大分慣れてきた。

 友人はアントリだけだったが、アントリは魔法に詳しく、魔力も膨大だった。 

 二人で研究室へ入り浸っては、新しい魔法の習得に余念がない。


 時々、伯爵家のビルキルトが絡んでくるのが鬱陶しい。


「ティアナさん。今週の金曜日、私の屋敷でホームパーティを開くんです。気楽な会ですから、参加しませんか?」


 ティアナは、


「いや?  遠慮しておきます。」


 と、あっさりと拒否する。

 女性に誘いを断わられたことのないビルキルトは、その答えが信じられない。

 気を取り直し、キラキラが3割増しの笑顔でティアナを誘う。


「僕の聞き間違いかな? ホームパーティに来てくれませんか?」


 ティアナは、 もう一度、はっきりと答える。


「遠慮しておきます。ごめんね」


 といい、アントリの方に体を向ける。


「ねえ、アントリくん。今日、魔法の練習に付き合ってもらえない?」


「ええ?」


「いいじゃん。どうせ、暇でしょ?」


「余計なお世話です」


「あはは、うそうそ。一緒に付き合ってよ」


「はいはい」


 と、言いながら向こうへ歩いて行ってしまった。

 その場にビルキルトとその取り巻きだけが残される。


「何、あれ? だっさ」


「メイドごときに断られるなんて、伯爵家も落ちたものね」


「アントリくんってお金持ちなのかな?」


 令嬢たちは口さがない。

 ビルキルトは怒りで真っ青になりながら、取り巻きたちと去って行った。


 一方、研究室に向かった二人は、魔法の術式の組み直しについて話し合っていた。

 アントリには、とてもうれしい時間だ。

 ただ、いつも自分と過ごしているティアナを気の毒に思っていた。


「いいんですか? 毎日、こんな男爵家ごときを相手にして」


「ほら、 また。なんて使うのやめなよ」


 軽く咎めてくれるティアナの優しさが嬉しい。


「でも、他の令嬢達と仲良くしても……。いいかなと」


「うん。でも、私、メイドだしね。あっちも気を遣うみたいでさ」


 いや、絶対違う意味で腰が引けてるとアントリは思う。

 ティアナは自分の容姿に、全くの無頓着のように見える。


「さ、じゃあ、今日もいくわよ」


 と言いながら、魔法を詠唱する。

 ティアナの手が黄色い雷に覆われ、雷の矢が出現する。


「アントリくん、実は雷の矢をパワーアップさせたいんだけど」


 パッと雷の矢を消しながら、アントリに尋ねた。

 アントリの顔つきが変わり、真剣な表情になる。


「じゃあ、回旋の魔法と組み合わせるといいと思う。3つの魔法体がくるくる回りながら1つに収斂していくから、威力は3倍になるよ」


「何それ? 強そう! やってみる」


 お礼を言いながら、早速、詠唱する。


「雷の回旋!」


 けれども、何も起こらなかった。


「ええ? 何で?」


 アントリは溜息をつく。


「回旋の術式が先だよ。さあ、もう一回」


 アントリは根気強くティアナに教えるのだった。



 §



「今日のテストは、各自に防除の魔法をかけた模擬戦形式で行う」


 教官の言葉に生徒達の間に緊張が走る。

 模擬戦は身を守られていると分かっていても、本当の戦いと同じような状況になる。

 

「ただし、使えるのは下級魔法のみとする」


 それを聞き、ティアナは自分が使える魔法を数えてみた。

 光球と雷の矢の2つしかなかった。


 そのとき教官が、


「ティアナ、前に出なさい」


 と指名してきた。

 戦えないとティアナは辞退しようとする。

 すると、突然、ビルキルトが対戦相手として立候補してきた。


「勝負だ。ティアナさん。もし、あなたが負けたら、私の家で一緒に食事をしましょう」


(負けたら、一緒に食事ってどうなんだろ?)


 辞退を申し出たが、教官は聞く耳を持たない。

 その様子を見ていたアントリは、


(嵌められたな)


 と苛立ちを隠さない。

 この教官は伯爵家と親交があり、以前からビルキルトを特別扱いしていた。

 結局、断ることができずに、防御魔法を掛けられる。


 模擬戦の会場に移動し、早速勝負が始まった。

 ビルキルトは土の 魔法を繰り出してくる。


「ん、やっかいだね」


 雷の魔法は土の魔法と相性が悪い。

 軽やかに逃げ回りながら、ティアナは考える。

 繰り出す雷の矢も、相手の土壁に吸い込まれてしまう。


「やっば」


 石の弾丸ストーンバレットが次々と飛んでくる中、打開策が見当たらない。

 そんな時、一人の男子が何かを叫んでいることに気づく。

 アントリだ。


「ティアナさん! 光球から回旋だ!」


(光球? 確か、前それで隙を作れって……。そうか、分かった!)


 ティアナはビルキルトが詠唱する瞬間を見計らって、光球の魔法を繰り出す。

 光球は相手の眼前で光り輝いた。


「うわ?」


 思いがけない攻撃に術式が一瞬だけ乱れる。

 できた土壁は先ほどよりも薄くなっていた。


(今!)


 ティアナは回旋の雷を2つ同時に繰り出す。

 3本の雷の矢は回転しながら土壁を抉り、1つ目が消えると同時にもう1つがその穴をくぐり抜けていく。

 雷の矢はまっすぐにビルキルトに向かっていき、そのまま直撃する。

 ビルキルトの防御魔法が作動し、ティアナの勝利が決定した。


「いえーい。アントリくん。作戦バッチリだったよ」


「ティアナさんの魔法が良かったね」


 二人はハイタッチをしながら、笑顔になる。

 負けたビルキルトの顔が歪み、二人を睨み付けながら会場を後にする。


 窓の外を見上げると、上空に黒い雲が立ちこめていた。

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