第121話 ティアナの性癖?

 王国歴162年12月20日 昼1時 魔法院 大講堂にて―――


「ビルキルト様、いいのですか? あのような下賤げせんの輩が学友とは」


 ティアナが学園に来てから3日が過ぎたというのに、未だにこのような陰口が後を絶たない。

 当のティアナは全く気にしていなかった。


「まあ、寛容を見せようではないか。おそらく側室候補として、この学園に来ているのかもしれないからな」


 取り巻きはティアナのことを思い出すと、


「そ、それにしても下賤の輩ながら、なかなか整った顔つきの女でしたな」


 と、顔が緩みっぱなしになっている。

 ビルキルトも同様で、


「ただ、少し礼儀を教えないといけないな」


 と下卑た考えをめぐらしていた。

 伯爵家でも妙齢のメイドは何人も働いていて、その何人かを『教育』と称しては弄んでいた。

 他の貴族も似たようなものだった。


「ま、楽しみだ」


 そんなことはつゆ知らず、ティアナは、のほほんと毎日を過ごしていた。

 2・3日は一人で過ごしていたが、やがて男爵家などの令嬢が話しかけるようになってきた。


「ティアナさん、シュトラントってどんな国ですか?」


「いや、伯爵領なんですけど」


「ティアナさんは、なぜメイドなんですか?」


「なぜと言われても」


 何より多いのは、恋のお話だ。


「ねえ、ティアナさん。この学園で気になる方は誰ですか? やっぱりビルキルト様ですか? それとも、侯爵家長男バルドュル様ですか?」


 


 しかし、親善係として、それもどうかと思い、


「あなたは、どなたがお気に入りなのですか?」


 と尋ね返してみる。


「私はビルキルト様です。銀髪のイケメン、伯爵家の家柄、パーフェクトですわ」


(私の中では、最低ランク)


「私はファンナル様です。お優しくて、それもでいて魔法もお強いんですよ」


 キャーキャーと黄色い声が飛び交い、正直、ティアナは苦笑いだ。

 その時、部屋の隅に座る男子学生がティアナの目に入った。


「あの方はどなたですか?」


 みんなはティアナが目を向けた男子の方に目を向ける。

 その瞬間、令嬢たちはがっかりしたように話し出した。


「ティアナさん、あんな太った男がいいんですの?」


「彼はアントリ。フォレイ男爵家の長男です」


 あまり評判は芳しくないようだ。


「やっぱり太っている方はねえ」


「自己管理ができないってことですからね」


 すると、近くにいた性悪グループは口を挟んでくる。


「あら、ティアナさんとお似合いじゃない?」


「そうよ、平民、しかもメイドなら出世よねえ」


 ティアナは改めてアントリを見る。

 見れば見るほど、レオンシュタインに似たところが多い。

 太った体型もそうだが、自信がなさそうなところ、そして、優しそうな雰囲気がそっくりだ。

 ティアナは席を立つと、アントリの方に歩いていった。


「こんにちは、アントリ様」


「え、ええ!? ティアナさん?」


 今日のティアナは仮面が付いていたけれども、それでもアントリには刺激が強すぎた。


「隣、空いてますか?」


「ええ、空いてる……みたいです」


 それを聞き、ティアナはふふっと笑う。


「アントリ様って面白い。座りますね」


 ティアナは、軽くとんと座席に着く。

 ふわっとローズマリーの匂いが漂う。

 貴族が好んで使っている香水とは全く別の種類で、グブズムンドルでは珍しい優しい香りだった。


「アントリ様は、どんな魔法を使うんですか?」


 まず、一番無難な話題を振る。

 ここでは魔法が全てなのだ。


「僕は火ですね」


 その様子を見ていた性悪グループたちが色めき立つ。


「何なの? あの女」


「所詮、平民のメイドってことよ。少しでもチャンスがあれば玉の輿を狙ってそう」


 性悪グループはここぞとばかりに悪口を言い立てる。

 それ以外の令嬢たちも、


「何で、あんな冴えない男に寄っていくのかしら?」


 と、疑問の声が上がっていた。

 でも、案の定、ティアナは全く気にしなかった。

 貴族の令嬢と話をするよりも、魔法の話ができる男子との会話の方が気楽だった。


 その結果、何日かすると、またティアナは一人で過ごすようになった。

 いや、正確に言うと二人で過ごすようになった。


「ねえ、アントリくん。魔法の勉強につきあってよ」


 アントリを誘っては魔法の勉強に余念が無い。

 とにかく、今のうちに覚えられるものは覚えておきたい。

 アントリは見かけとは裏腹に、かなりの魔力を持っており、その知識も豊富だった。

 毎日のようにアントリを誘っては、勉強に取り組むティアナだった。

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