第127話 またこんな美少女を手篭めに

 王国歴163年1月10日 音楽院 大講堂にて―――


 1月に入ると、ハルパの周辺に少しずつ変化が見られるようになった。

 少しずつ賑やかになってきたのだ。

 朝に音楽院に行くと、ハルパの周りにはいつも人が群がっている。

 しかも、令嬢だけではなく、貴族の男性もだ。


 良かったと思いつつ、レオンシュタインは離れたところに席を確保する。

 すると、それを見ていたハルパがつかつかと寄ってきた。


「ねえ、レオン。貴方、何で離れた所に座ってるの?  こっち、来なさいよ」


 有無を言わさずにレオンシュタインを引っ張り、自分の席の隣に座らせる。

 令嬢たちがいようがいまいが、お構いなしだ。


「ね、さっき話してたんだけど、2月にパーティーがあるの」


「パーティーね。何を食べられるのかな?」


 ハルパは呆れたようにレオンシュタインを見返す。


「違うわよ! このパーティーは、パートナーとダンスを踊るのがメインね」


 レオンシュタインはダンスにあまりいい思い出がない。

 逆にハルパに尋ねてみる。


「ハルパは参加するの?」


 すると、ハルパは少し悲しそうな顔をする。


「私は参加しないわ。誰もダンスに誘ってくれないし」


 気のせいか、こちらをチラッとみて視線を外す。

 まあ、ハルパならそのうち声がかかるだろうとレオンシュタインは考える。

 ハルパもすぐに別の話題に移る。


「それより、あんた。パンフルートは上達したの? 真っ赤な顔して、音が出ないんじゃ」


 そう言うと様子を思い出したのか、ころころと笑う。

 昼までは音楽院でハルパと勉強をし、ピアノの練習につき合わされる日々が続いた。

 昼食はハルパと二人で食べることが多かった。

 ハルパ曰く、うるさいのは苦手なのだそうだ。


 ただ、レオンシュタインはハルパに隠していることが2つあった。

 1つは、昼過ぎからバイオリンの練習をしていること、もう1つは夕方からピアノの練習をしていることだった。


「ねえ、レオン。あんた、午後はどうしてるの? いつもいなくなるけど」


 そのたびにレオンシュタインは下手な嘘をつくことになる。


「実はパンフルートの特訓をしているんだ」


「ふうん。じゃ、今度見に行っていい?」


 レオンシュタインは慌てて、否定する。


「上達したら、招待するから」


 訝しげな顔をするハルパだった。



 §



 2月になり、パーティーまで残り1週間となった。

 ハルパとレオンシュタインが昼食を共にしていたとき、招かれざる客が来訪した。


「おいハルパ。ダンスパーティーは俺と一緒でどうだ? ドレスも用意するぞ。どうせ、お前の実家では用意できまい」


 伯爵家のビルキルトが現れる。

 魔法院での勉強の傍ら、時々音楽院へ顔を出してはハルパにちょっかいをかけてくるのだ。

 明らかに見下した物言いに、ハルパは下を向き、口を結ぶ。

 レオンはビルキルトの態度と物言いが気に入らない。


「俺と一緒になれば、何でも好きなものが買えるし、惨めな思いをすることもない。どうだ?  三月まで待つことはないぞ」


 そう言うと、ハルパに近づき、その頰を触ろうと手を伸ばす。

 ハルパはビクッと身体を震わせるが、悔しさで何も言えない。

 触れようとした瞬間に、レオンシュタインはその手を払う。


「何だ、お前?」


 ようやくレオンシュタインの存在に気づいたように、声をかける。


「ハルパさんのパートナーです」


 ハルパはびっくりしたようにレオンシュタインを見つめる。


「ずっと前から踊ってくれるように頼んでいたんです。そして、昨日、ようやく『いいわよ』って言ってもらえたんです。ねえ、ハルパさん?」


 ウインクして話を合わせろとレオンシュタインは合図する。

 ハルパは息を飲んだが、


「そ、そうよ。この人が私のパートナーよ」


 と、レオンシュタインの腕に手を添える。

 ビルキルトは忌々しげに二人を睨む。


「どうぜ、ろくなドレスも準備できまい。恥をかくのが関の山だな。ハルパ、嫌になったらすぐに来いよ」


 ビルキルトはすぐに去っていったが、ハルパはレオンシュタインと腕を掴んだままだった。

 その手からは震えが微かに感じられる。


(そりゃあ、怖いよね)


 ハルパが手を離すまで、レオンシュタインはずっと動かずに立っていた。

 そして、ハルパを勇気づけるために、音楽院を出て、ある場所へハルパを連れて行った。


「いらっしゃ〜いって、レオンはん。どうされたんでっか?」


 レオンシュタインはシャルロッティの働いている店へ出向いていた。

 ハルパに似合うドレスを作ってもらいたい。

 連れて来たハルパをシャルロッティに紹介する。


「ほわあ、これまた別嬪さんですなあ」


 シャルロッティは思わず声を漏らす。

 ハルパは恥ずかしくて頰を染めているのだが、その様子がたまらなく可愛い。

 そんな美少女を連れて来ているレオンシュタインを、シャルロッティはめつける。


(この人は、またこんな美少女を手篭めにしようとしてはる。恐ろしい……恐ろしいわあ)


 そう思いつつ、ハルパを奥の部屋に誘い採寸を始めた。

 そうこうして、小一時間が過ぎると、シャルロッティはハルパを伴ってようやく奥から出てくる。


「終わりました、レオンはん。この方のドレスは5日後に完成します。昼頃に取りに来てください」


 シャルロッティは店の外まで出て、二人を見送った。

 二人はシャルロッティにお礼を言い、もと来た道を歩いて帰る。

 ツンと鼻の奥に雪の匂いを感じる。


 空を見上げると空が薄暗くなっていた。

 北国の夕暮れは早い。

 二人は黙ったまま、音楽院へ向かって歩く。


「ね、ねえ」


 ハルパが静寂を破ってレオンシュタインに尋ねる。


「あんた、どうして私をパートナーに? それにドレスまで」


 すでに陽は地平線の向こうに落ち、空だけが白くぼんやりと光っているような気がする。


「ぼくは、威張ってる人間が嫌いなんだ」


「ふうん」


「権力を笠にきる人間は、大嫌いなんだ!」


 ようやくハルパに笑顔が戻る。


「難儀な性格ね。でも、嫌いじゃないわ」


ハルパはレオンシュタインの肩をつつきながら話す。

 すると、レオンシュタインは何でもなさそうに、


「それにハルパと踊りたかったんだ」


と話した。


「えっ」


 ハルパは明らかに動揺する。


「そ、そ、そ、それって……」


「折角、練習したんだし」


 ハルパはイラッとして、レオンシュタインの背中を叩く。

 レオンシュタインは気にせずに話を続ける。


「ドレスを着たハルパは、すごく綺麗だと思う。きっとパーティーでも見とれる人が多いだろうね」


 上げたり下げたり、この男はとハルパは思いつつ、文句が出る。


「あんたさあ、気軽に綺麗とか言っちゃうけど、貴族らしく、もっと遠回しに好意を伝えられないの?」


「好意?」


「いやいや、そこは気にしないで」


 するとレオンシュタインは少しだけ真顔になる。


「伝えたい思いは、声に出さないと相手に伝わらないよ」


 当たり前のことだけれども、その言葉はなぜかハルパの胸に響く。

 そうして、音楽院に着くまで、ハルパはレオンシュタインにそっと寄り添いながら歩くのだった。

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