第128話 レオン、足は右からって言ったでしょ

 王国歴163年2月26日 ケリズ学園「地上のオーロラパーティー」会場にて―――


 ダンスパーティー当日、レオンシュタインは学園の入口でハルパを待っていた。

 レオンシュタインもシャルロッテに衣装を仕立ててもらい、一応、貴族らしい装いになっていた。


「レオンはん、以前よりも痩せられましたな」


 シャルロッテに言われるくらいには体型が変化していた。

 宿のご飯は美味しくて、つい食べてしまうのだが、ダンスの練習や演奏の練習がハードなため、自然に痩せてしまった。

 今は90kg程度になっている。


 会場前に公爵家の紋章をつけた馬車がやって来た。

 レオンシュタインは出迎えるために、馬車のそばに近づいていく。

 馬車の豪奢な扉が開き、ドレスを身にまとったハルパがゆっくりと身を乗り出してきた。

 頭には宝石の飾りをつけ、紫の髪と淡い紫のドレスにとてもよく似合っていた。


「レオン、もっと近くに寄るものよ」


 ハルパは手を差し出しながら、レオンシュタインに命令する。


「お嬢様、どうぞお手を」


「ええ、お願いするわ」


 ハルパの華奢な手をそっと握り、降車をエスコートする。


「まあ、及第点ね。もう少し笑顔があるといいんだけど」


 ハルパはいつも通りだった。

 それに合わせて、レオンシュタインも肩の力を抜く。

 ところがいつまで経っても、レオンシュタインが腕を準備してくれない。


「レオン、腕は?」


「パートナーは、やっぱり自分?」


 するとハルパは怒ったように、


「他に誰がいるっていうのよ。もっとシャキっとしなさい。公爵家に恥をかかせないでね」


 と顔を近づけて話してきた。

 レオンシュタインは慌てて、腕を組みやすいように右腕でアーチをつくる。


「気の利いた一言を言うものよ」


 アドバイスをしながら、ハルパは手をレオンシュタインの腕に添える。

 それなりに様になっているカップルが出来上がった。


「さあ、会場に乗り込むわよ」


「ただ、踊るだけでしょ?」


「ま、そうだけど、でもね」


 そこまで言いながら、ハルパは言い淀む。

 けれども、すぐに表情を変え、


「まずは楽しみましょう、レオン」


 と笑顔を見せる。


(キラキラだなあ)


 宝石もそうだが、ハルパ自身の放つ煌めきが眩しい。

 レオンシュタインは少し気後れしながら、会場に向かって歩いて行く。

 すぐに周囲の男どもの、噂が広がっていく。


「おい、あの令嬢は?」


「公爵家のハルパさんだよ」


「ええ? あんなに美しいのか?」


 ハルパが会場中の話題と視線をさらってしまった。

 レオンシュタインは歩きながらハルパに話しかける。


「ハルパ、すごいね。視線が集中してるよ」


「そ? あんま、興味ないし。それより、あんた、ステップは覚えたの?」 


「一応……」


 そう言うと、ハルパは笑って、


「グブニッシュポルカ(グブズムンドル風のポルカ)はそこまで格式があるわけじゃないわ。ただ、楽しく踊ればいいのよ」


 そう言いながら、レオンシュタインの腰をどんと叩く。

 会場の端に陣取ったのだが、目立つことをこの上ない。

 主催者の短い挨拶が終わると、すぐに演奏が流れてくる。


「さあ、踊るわよ、レオン!」


 令嬢らしからぬ振る舞いでレオンシュタインを中央に引っ張っていく。

 グブニッシュポルカは、伝統的なグブズムンドルの踊りで、足を平行に前に出したり、腕を組んでくるくる回ったりと、それほど難しいステップはない。

 それでも、レオンシュタインはハルパの足を何度も踏みつけそうになる。


「ちょっとレオン、足は右からって言ったでしょ!」


「ああ、ごめん、ごめん」


 そう言いながら、ハルパはとても楽しそうに踊っている。

 その笑顔と優雅なステップで、会場の注目を集めている。

 1曲目が終わると、とりあえず休憩のために壁際の椅子に座ることにした。

 ハルパはシルクのハンカチで額を押さえながら、


「レオン、喉が渇いたわね。軽く何か飲みたいわ」


 飲み物のオーダーをする。

 会場の一角には飲食のスペースが設けられ、数多くのケーキやカクテルが置いてある。

 レオンシュタインはレモンの炭酸水を見つけ出すと、こぼさないように気をつけながら戻ってくる。

 そして、ハルパに、そっと差し出した。


 無言で。


 そのため、


「レオン、さっきも言ったけど、気の利いたことを言って差し出すものよ」


 とハルパに注文をつけられる。


「何て言うのかな?」


「なんでもいいのよ。相手の踊りや立ち振舞いを褒めるのもいいわね」


 そう言われて、レオンシュタインは笑顔を作り、ハルパを見つめながら、


「ハルパ、今日のドレス、とても似合ってるよ。いつも以上に綺麗だし、笑顔もとても可愛いね」


 ハルパは慌てて、レオンシュタインに苦言を呈す。


「あんたねえ、何でそんなに真っ直ぐなのよ。貴族なら婉曲に好意を伝えるって昨日も言ったでしょ」


「好意?」


 ハルパは思わず目を逸らす。

 頬も心なしか赤くなっているように見える。


「いい? とにかく面と向かって褒めるのは禁止!」


「ええ? 難しいな」


 ハルパは首を傾げて、


「あんたの伝えたいことって何?」


「ハルパって、とても美人さんで笑顔も素敵だってこと」


「それがダメだって言ってるでしょ!」


 さらに顔を赤くしてしまったハルパを眺めながら、レオンシュタインは飲み物が温まってしまったことに気づく。


「飲み物を取り替えてくるね」


「……うん」


 ハルパは顔を扇ぎながら、椅子に座って天井を見つめる。

 レオンシュタインの方は見られそうもなかった。


-----


〇ハルパさん(ダンスパーティー時)のイラストはこちら。

https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330660311956240

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