第126話 公爵家のお嫁さん
王国歴162年12月28日 昼 音楽院 食堂にて―――
「まあ、私があの人のお嫁に行くって話……」
レオンシュタインは詳細を尋ねる。
ハルパは、実家のカハトラ公爵家が破産寸前であること、それを援助すると称して、とある伯爵家が結婚を申し込んできたことを説明した。
「相手は公爵家という肩書きが欲しいし、うちは借金の棒引きをして欲しいっていうウィンウィンの関係ね。演奏会後に教会に行くらしいわ」
やや忌々しそうにハルパは話す。
「私は嫌ね。あんな姑息な手を使ってくる男なんか。でも、父様も母様も、だんだん断ることが難しくなってきたの。断るとすぐに借金の返済を求めてきたわ。すぐには払えないし」
何でもなさそうにハルパは話すが、かなり重い話だ。
「しかも、この事が決まってから友達がどんどん私から離れていって。まあ、元々そんなに友達もいないんだけど、今じゃ一人がデフォルトね」
その瞬間だけは寂しそうな表情になる。
でも、それは一瞬だった。
「ま、あんたはパンフルートの音を出すことを心配しなきゃ」
そう言うと、ハルパは研究室を去っていった。
レオンシュタインは暫くパンフルートの練習をしていたが、ハルパのことが気にかかり、ピアノ棟の方へ出かけていった。
ハルパの腕前はかなりのもので、どこにいるのかすぐに分かる音だった。
窓から練習室の中を確認すると、必死に練習しているのが見える。
その美しくも悲しい音はレオンシュタインの胸を打つ。
(何か自分にできることはないかな)
そう考えながら、その場を立ち去るレオンシュタインだった。
その日の夕食は久々にレオンシュタイン、ティアナ、イルマ、ヤスミン、バルバトラス、フリッツの6人が一同に会した。
その冒頭でレオンシュタインはハルパのことを話題に出す。
「カハトラ公爵家が破産寸前であることにつけ込まれ、ご令嬢が無理矢理、嫁がされそうになっているんだけど」
全員、『お前、またか?』という目で見てくる。
「ねえ、レオン。貴方、また面倒くさいことに首を突っ込んでるんじゃない?」
ティアナが代表して答えると、レオンシュタインはその詳細を話し、何とか無理矢理の結婚を回避させたいと提案した。
すると、イルマは少し警戒するような様子で尋ねる。
「
ティアナとヤスミンの視線も痛い。
「違うよ。でも、嫌じゃない? 無理やり結婚だなんて。それに、彼女、いつも一人なんだよ。本当はもっと誰かといたいはずなんだ」
レオンシュタインの声に力がこもる。
「実はヤスミンとフリッツさんに相談があるんだ」
といい、自分が思っている計画について話した。
バルバトラスは、興味深そうにその話を聞き、
「なるほど。兄ちゃんも考えるようになったなあ」
と笑顔で肯定する。
フリッツは興味深そうに話を聞き、ヤスミンは笑顔で、何でもやるよと目で答えていた。
どうやら、挑戦する価値はありそうだ。
ようやくレオンシュタインの顔に笑顔が浮かぶのだった。
次の日、レオンシュタインは朝食を済ませると、ヴィフトに面会を申し込んだ。
ヴィフトは忙しいながらも、すぐに部屋に通してくれた。
「レオンさん、久しぶりですね。もうグブズムンドルには慣れましたか?」
相変わらず紳士なヴィフトに、レオンシュタインはほっとする。
そして、近況もそこそこに、自分の願いを伝えてみた。
「私の学友が無理矢理、結婚させられそうになっています。そのためヴィフトさんの協力を得たいのです」
ヴィフトはレオンシュタインから詳しい話を聞くと、1つの質問をする。
「確かにカハトラ公爵家が破産寸前なのは確かです。でも、そこでレオンさんにできそうなことは何もなさそうですが?」
その問いに、レオンシュタインは型破りな提案をする。
「フリッツさんを公爵家に派遣したいのです。フリッツさんは伯爵家の建て直しに成功している実務家です。座学は退屈だと申しておりましたので、カハトラ公爵家のお手伝いを……」
全てを言い終わらないうちに、ヴィフトは提案を否定する。
「レオンさん、他国の人物を公爵家へ派遣することはできません」
しかし、レオンシュタインは食い下がる。
「じゃあ、このまま手をこまねいているというのですか? 何もしなければ、あの令嬢は意に染まない相手と結婚し、恐らく不幸になります。あの素敵なピアノの音色も聞けなくなるでしょう。ヴィフトさんは何を恐れているのですか? 私はグブズムンドルの政治やその他に何も興味はありません。興味があるのは……」
ヴィフトはレオンシュタインをじっと見つめ、その気持ちをくみ取ろうとする。
「あの子が心から笑ってくれることだけです」
そこまで言うと、レオンシュタインは声のトーンを変える。
「書類やその他の秘密事項に関して、気になるのでしたらヴィフトさんの部下を監視に付けてもらってかまいません。どうか、許可を出してもらえないでしょうか?」
レオンシュタインは頭を下げ、許可を求める。
しばらく、ヴィフトは考え込んでいたが、やがて一つの結論を出す。
「確かに公爵家をそのままにしていたのは私どもの落ち度。それに、隠すべき事も多くなさそうです。レオンさんは、失礼ながら国を治めているわけでもなく、現在修行中。でしたら、そのご友人に我が国で働いてもらうことにも支障はないでしょう」
そこまで話すとヴィフトは笑顔になる。
「レオンさん。素敵な提案に心から感謝します。公爵家令嬢の笑顔のために、私もひと肌脱がせていただきます。早速、閣議にかけてみます。王にも伝えておきましょう」
「フリッツさんは、グンデルスハイム伯爵家の財政を1年で立て直した傑物。男爵家にも人材がいるものだと興味を抱いたものでした。可能であれば我が国にスカウトしたいと思っていたのです」
そこまで評価されているとは思わず、また、そこまで調べられているとも思わなかった。
グンデルスハイム伯爵領はシュトラント領の東方に広がるやや小さな領土だ。
相変わらずヴィフトの情報収集力の恐ろしさを垣間見たレオンシュタインだった。
ヴィフトとの面談を終え、遅れて音楽院に行くと、やはりハルパは一人で座っていた。
「レオン、今日は遅刻なの?
ハルパは砕けた雰囲気で話しかけてくる。
氷のような冷たい目線が柔らかになり、優しい雰囲気を纏い始めている。
それに伴い、講堂でちらちらとハルパを見る視線が増えてきている。
それは、そうだろう。
時折見せる笑顔はレオンシュタインもドキッとするくらい魅力的だ。
ハルパは自分の境遇を話したことで、レオンシュタインとの心理的な距離が縮まっていた。
レオンシュタインは何も言わず、ただニコニコしながらハルパの隣に座るのだった。
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〇レオンシュタインのとんでもない提案を受け入れてくれた心の広いヴィフト卿のイラストはこちら↓
https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330660617640178
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