公爵令嬢ハルパの物語(吉兆に乾杯!!)

第125話 ハルパとの出会い

 物語は少し前に遡る。


 王国歴162年12月18日 昼12時 音楽院 大講堂にて―――


 自己紹介が終わった後、レオンシュタインは席が空いている場所を見つけたので、そこに座り込む。

 なぜか、周囲の視線が集まるのを感じたが、他に行くところがない。

 横にはレオンシュタインと同じくらいの年頃の、紫の髪の少女が座っていた。


 眉毛がきりっと上がり、目つきも鋭い。

 肌は白く、大陸ではあまり見かけない尖った印象を受ける顔立ちの美少女だった。 

 ただ髪の毛が片目にかかっており、顔の半分しか見ることはできない。


 微かにレモンに似た柑橘系の香りが漂ってきて、レオンシュタインはエニシダ(金雀枝)という花の香りだったと記憶から思い起こしていた。

 

「よ、よろしくね」


 レオンシュタインは軽く挨拶をするが、少女はただ小さく頭を下げるだけだった。

 そのまま接点はなく、授業は終わってしまった。


 教員は立ち去る際に、


「ああ、そうだ。ハルパさん。レオンシュタインさんに、院内の案内をしてもらえないかしら?」


 と軽く依頼し、ハルパは無表情のまま、


「……別にいいですけど」


 と答える。

 ハルパはこれ見よがしに溜息をつくと、立ち上がり、


「……じゃあ、案内する」


 とレオンシュタインに近づいて来た。

 レオンシュタインは、喜んでハルパに相対し、


「よろしくね」


 と手を差し出したが、その手は何も掴まなかった。

 ハルパはじっと立ったまま、レオンシュタインの手を見つめていた。

 気まずい沈黙が数秒間続く。


 やがて、ハルパはゆっくりと動き始めたため、レオンシュタインは慌ててその後をついていった。

 ハルパは様々な場所を突っ慳貪つっけんどんに説明をしていくけれども、それは全て正鵠を射ていた。

 見た目とは裏腹に、本当は優しく親切なんだろうとレオンシュタインは想像する。


 すると、突然、


「おい、ハルパ! もう覚悟はできたか?」


 と声を掛けられる。

 上等の服を着ていることから考えると上級貴族なのだろう。

 その男と取り巻きの3人が、ハルパの前に立ちはだかった。

 ハルパの表情は全く変わらなかった。


「何が?」


 全くとりつく島がないが、その軽薄そうな男達はニヤニヤ笑いながら、向こうに行ってしまった。

 ハルパは何もなかったかのように、


「……じゃあ、次はカフェテラスね」


 と無表情で案内を続行した。

 結局、30分の案内の中で、レオンシュタインとの会話は0だった。

 ひたすらだけを続けたのだった。


 次の日も、そのまた次の日も、ハルパは一人で座っていた。

 そのため、必然的にレオンシュタインもその隣に座ることになった。

 レオンシュタインは師匠の命令通り、友達になろうと声をかけ続けたが、ハルパの態度は基本的に無視だった。


 レオンシュタインが困っているときには手を差し伸べるけれども、ほとんど会話にはならなかった。


(どうしたもんかな)


 このままでは、師匠の言いつけが守れない。

 それにハルパの態度はかたくなすぎた。

 悲しいことや辛いことを抱えているに違いない。

 そう、確信したレオンシュタインは、話しかけるのを止めないのだった。


 2日後、レオンシュタインは教員から、専攻を決めるように言われてしまった。

 毎日、プラプラと院内を歩いているのを見咎められたようだ。

 そのため、以前から気になっていた楽器を選択することにする。


「パンフルート?」


 意外な楽器の名前にハルパは首をかしげる。

 レオンシュタインはハルパにパンフルート専攻の研究室を案内してくれるように頼む。

 すぐにその研究室の場所を思い出すことはできなかったようで、ハルパはレオンシュタインを連れて、あちらこちらを探し回った。


 目指す研究室は研究棟の最も奥に存在していた。

 パンフルートを専攻している生徒は2人しかおらず、しかもほとんど研究室には来ていないとのことだった。

 担当の教授もフルートとの掛け持ちだった。


「……どうすんの?」


 ハルパが無表情に尋ねると、レオンシュタインはここに決めることを告げる。


「以前聞いたパンフルートの演奏が忘れられないから、ここでやってみるよ」


「……そう?」


 レオンシュタインがパンフルートの演奏にトライするのを、ハルパは無表情で眺めていた。

 レオンシュタインは音を出そうと息を吹き込んでいるが、全く音ができない。

 そのうち、レオンシュタインの顔が赤くなってくる。


「ふっ」


 思わずハルパが笑ってしまう。

 その瞬間、レオンシュタインの顔がぱっと明るくなる。


「そんなに変?」


「……ま、まあ」


 どうやらツボに入ったらしく、笑いが抑えられない。

 そのまま、5分間は口を押さえて笑うハルパだった。


 そんなことがあってから、ハルパとレオンシュタインは少しだけ仲良くなった。

 といっても、昼に一緒にご飯を食べる程度だったが。

 今日も一緒にご飯を食べていると、以前絡んできた貴族達がやってきた。


「おいハルパ。演奏会は3ヶ月後だぞ。気持ちの整理はできたか?」


 そういうと、すぐに取り巻き達と一緒にその場を去って行った。

 レオンシュタインは演奏会というのに、ちっとも明るくならないハルパの様子が気になった。


「ハルパ? 演奏会って?」


 尋ねると、意外な答えが返ってきた。

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