第94話 楽団員への挨拶
王国歴162年12月15日 夕方 ヴィットリア=コンサートホールの控室にて―――
会場に着くと、フラプティンナ姫の演奏がちょうど始まるところだった。
最後列で演奏を聞くことになり、遥か遠くに姫様が見える。
かなり難しい曲にもかかわらず、美しく弾いている。
音が最後列まで響いてくる。
(凄いなあ。オーケストラに全く物怖じしていない)
けれども、レオンシュタインはオーケストラの音に一瞬首をかしげる。
ただ、それは一瞬で、また素晴らしい演奏が続いていった。
会場が素晴らしい音楽に酔いしれている中、突然、レオンシュタインは後ろから肩を叩かれる。
「次に演奏されるレオンシュタイン様ですね。そろそろ、控え室の方へご移動ください」
係の人に先導されながら会場を後にする。
レオンシュタインは先ほどの演奏に感動しながら、控え室まで移動する。
控え室の中には誰もおらず、演奏が終わったら団員が来ることを知らされた。
「じゃあ、私たちは会場に行くわね」
レオンシュタイン以外は控え室に入ることができない。
そのため、ティアナたちはすぐに会場に移動することになった。
「レオン。いい音楽、聞かせてね」
ティアナが笑顔でそう言うと、みんな口々に応援の言葉を述べ、会場へ移動していった。
(みんなのためにも、いい演奏にしたいな)
そう決意すると、早速バイオリンを取り出し、練習を始める。
30分ほど練習しただろうか。
たくさんの楽団員が戻ってきた。
レオンシュタインは演奏をやめ、所在なげにそこに立っていた。
楽団員のカウリがレオンシュタインに気付く。
「あっ。レオンさん」
レオンシュタインは笑顔でカウリに手を振る。
カウリはコンマス(コンサートマスター)に、
「今日、一緒に演奏するレオンシュタインさんです」
と紹介した。
すると、40台後半とおぼしき、顔に厳しさを覗かせた紳士がレオンシュタインに近づいていった。
「私がコンサートマスターのアルトナルと申します。どうぞ、よろしく」
にこやかな笑顔で差し出された手を、レオンシュタインはがっちりと握る。
「私はレオンシュタインと申します。師はエックハルト様です」
アルトナルは、ぱっと顔を輝かせ、
「私もエックハルト様の弟子です。3年ほどでしたが」
そういってアルトナルは考え込む。
エックハルト様に教えを受けられるのは貴族、そして才能に溢れた者だけだが……。
そう考えている時、突然、アルトナルは師に言われた言葉を思い出した。
「弟子の中で最も輝く才能は、間違いなくシュトラントから昇ってくるだろう」
「マエストロ。それはいったい」
「すぐに分かる。あの音は隠そうにも隠しきれんからな」
師は確かシュトラントと言っていた。
けれども、アルトナルはまさか、目の前の男がそうだとは思わなかった。
軽く頭を振り、自分の考えを打ち消す。
「ではレオンシュタインさん、早速オケのみんなに挨拶を」
とアルトナルは促した。
けれども、レオンシュタインはその前にしておきたいことがあると早口で伝えるのだった。
「あ、あの……実は、オフィーリアの楽譜を見たいのですが」
アルトナルは少し驚いたが、それはすぐに失望に変わる。
オフィーリアはバイオリン協奏曲でも特に難曲として知られ、今から楽譜を見たとしても、どうにもなるまいと思ったのだ。
「レオンシュタインさん。オフィーリアは、その、難しい曲ですよ」
言外に再考を促したつもりだったが、レオンシュタインは全く気がつかない。
「はい。ですので、一度確認しておきたいのです」
何となく違和感を感じたアルトナルだったが、楽団員の一人にオフィーリアの楽譜を持って来るように話した。
その楽団員はひゅうと口笛を吹き、
「おい、みんな。どうやら俺らはオフィーリアをやるらしいぜ」
と、全員に伝えると、楽団員たちは一斉にざわつき始めた。
「おいおい。まさかのオフィーリア」
「いるんだよな。身の程を知らない演奏家が」
「ソロ、できんのかね?」
「まあ、できなきゃコンマスがやるよ。弾く真似だけしてもらえばいいんじゃね」
散々に言いながらも、一流の楽団員である彼らは楽譜を準備し、それぞれが練習を始める。
「コンマス。オフィーリア、持ってきました」
分厚い楽譜をアルトナルに手渡す。
アルトナルはそれをそのままレオンシュタインに手渡した。
「どれくらい譜読みにかかりますか?」
楽団員の休憩は1時間で、練習に当てられるのは45分程度だ。
普通、オフィーリアの譜読みは自分でも20分ほどはかかる。
「えと、5分くらいですかね」
えっ? と振り返ったときには、レオンシュタインは楽譜を読み始めていた。
(早い!)
めくるスピードが尋常では無い。
初めてという感じでは無いことに少しだけほっとする。
レオンシュタインは自分があやふやなところだけを確認していたので、3分ほどで終わってしまった。
「ありがとうございます。では、練習に入りましょうか」
レオンシュタインは、にこやかにアルトナルに話した。
「わ、わかりました。」
アルトナルはレオンシュタインを楽団員達の前に連れて行った。
その瞬間に音がぴたっと止まる。
「今日、私たちと演奏してくれるレオンシュタインさんだ」
レオンシュタインはドキドキしながら、
「よ、よろしくお願いします」
と挨拶をした。
みんなは内心の失望を隠しながらも笑顔で挨拶を返した。
「すごいね。オフィーリアなんて」
「ソリストなんですか?」
「自信があるんでしょうね」
レオンシュタインはニコニコしながらそれを聞き、アルトナルに向かって
「みなさんに話したいことがあるのですが」
と話した。
アルトナルは何だろうと思いながらも、それを許可する。
「先ほどの演奏、とても素晴らしかったです。さすが世界一と言われるバルタザル交響楽団ですね」
と笑顔で感想を伝えた。
楽団員達は、何だ? お世辞で俺らの歓心を買うつもりかと内心で苦笑した。
けれども、次の言葉が彼らの表情を一変させた。
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