第93話 コンマス!大変です→それは後、な!
王国歴162年12月14日 夕方 ヴィットリア=コンサートホールにて―――
「何を弾いたらいいですか?」
レオンシュタインの問いかけに、カウリはハッとしながら、デュラーのバイオリンソナタはどうかと提案した。
やや難曲であると同時に、掛け合いが難しい曲として知られている。
レオンシュタインはカウリから楽譜を用意するか聞かれると、
「いえ、多分覚えていると思いますから、大丈夫です」
と答える。
カウリは本当に覚えているのか半信半疑だった。
「では、弾きますね」
その瞬間、カウリは音に圧倒される。
最初の一音から素晴らしい響き。
難しいパッセージも難なく弾き切るその技量に驚愕した。
(これは、少なくとも自分より遙かに上手い。というより……)
音にだんだんと圧倒され、考えも上手くまとまらない。
「分かりました! 合格! 合格です。是非、明日、一緒に演奏しましょう」
レオンシュタインは相好を崩すと、楽団と演奏できる喜びを伝える。
そして、レオンシュタインは気になっていたことを、恐る恐る聞いてみた。
「あの……。お金はどのくらいがかかるのでしょうか?」
カウリは笑顔で、無料であることを伝える。
その答えは予想していたとはいえ、また二人を驚かせる。
世に名高いバルタザル交響楽団と共演できるのに、無料でよいのかレオンシュタインは再度確認する。
カウリは笑顔で、
「無料です。姫様の演奏後の余興として行われるものですから」
グブズムンドル帝国の第2王女は、バイオリンの名手として名高い。
「レオンシュタインさんは、何か弾きたい曲があるのですか?」
レオンシュタインはしばらく考え込む。
チャンスを与えてくれた王様への感謝を忘れてはならないし、聞いてくださる観客にメッセージも伝えたい。
となると、あれしかない。
「オフィーリアを演奏します」
「オ、オフィーリア? ですか?」
カウリが驚くのも無理はなかった。
バイオリンの曲の中でも屈指の難曲として有名である。
けれども、先ほどの演奏ならば大丈夫かもしれないとカウリは判断する。
「それでは、明日の18時までにおいでください。姫様の演奏が18時から30分ほどです。そのあと、1時間の休憩を挟んで、19時30分からレオンシュタインさんの出番です」
「楽しみです」
「では、明日来るときに、この出演者プレートを忘れずに持ってきてくださいね」
レオンシュタインは丁重にお礼を述べると、ゆっくりとコンサートホールを去って行いた。
それを見送ったカウリは、すぐに建物の中に入っていった。
長い廊下を走り抜け、楽団員が練習している部屋に飛び込んでいった。
「コンマス! 明日の飛び入りは」
今の出来事をコンマス(コンサートマスター)のアルトナルに全て伝えようとする。
ところがカウリに全てを言わせず、コンマスのアルトナルは受付を交代するように話してきた。
「カウリ。明日のお姫様は、ケッセルリンクのバイオリン協奏曲だと」
「ええ!? そんなに難しい曲を? 弾けるんですかね?」
レオンシュタインのことを告げるつもりが、お姫様の選曲のことで頭がいっぱいになる。
「お姫様も上達しているのは確かだが、あまり背伸びをされてもな」
アルトナルは懸念を述べる。
カウリは頷きながら、自分もすぐに練習をすべきだと判断する。
そのまま受付を交代し、練習に集中するカウリだった。
翌日、レオンシュタインはお昼頃に目を覚ました。
出演が決まってから食事も取らずに8時間ずっと練習を続けたのだ。
ティアナが無理矢理、練習を止めさせなければ、さらに続けただろう。
起きてからすぐに宿の
世界一のオーケストラと演奏するためには、今できる全てのことをやっておきたい。
後悔しないようにと練習していたら、既に午後5時30分を過ぎていた。
「レオン、もう行こうか」
ずっと側にいたティアナが、そっとレオンシュタインの肩を叩く。
その瞬間、レオンシュタインはティアナの存在に気がつく。
その隣にはイルマが不安そうな顔でレオンシュタインを見つめていた。
手には牛串が2本、握られている。
「
差し出された牛串からは香ばしい匂いが漂っていた。
レオンシュタインは笑顔でそれを受け取ると、2つの固まり肉にかぶりつく。
レオンシュタインは自分の胃がとても喜んでいるのが分かった。
「イルマ、ありがとう」
イルマは優しい眼差しで小さく頷く。
あっという間に牛串を食べ終わり、さらにヤスミンから差し出された林檎を3つ食べる。
ようやく人心地がついたレオンシュタインは、
「じゃあ、行こうか!」
と宣言し、全員を引き連れて会場に向かっていった。
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