第92話 ヴィットリア=コンサートホール

 王国歴162年12月14日 夕方 北の滝亭の立つ港町にて―――


 すぐに準備をすませると、レオンシュタインとティアナは外に出る。

 吐く息は白く、息をする度に少しだけ肺が痛むような感じがする。

 石畳の上には雪が積もっており、その上を二人はおそるおそる歩く。


「暮らしやすそうな国ですね」


 ティアナは素直な感想を述べる。

 レオンシュタインも、周囲の店から楽しそうな雰囲気を感じとっていた。

 小さな花屋さんも、名物のコロッケを売っている店も、明るい声で呼びかけている。

 辺りが暗くなっても、店を照らす灯りが連なり、全く不便を感じない。


「そこのカップルさん、名物のコロッケを食べていかない?」


 おかみさんに呼びかけられ、ティアナはつい、止まってしまう。


「カップルに見えますか?」


 するとおかみさんはニヤッと笑い、


「このコロッケは元気が出るよ。きっと、相手もあなたの魅力に気がつくってもんさ」


「2つ買います!!」


「まいど!」


 まんまとおかみさんの話術にハマってしまったが、ティアナは口元の笑顔を隠さない。

 そして可愛らしい声で、


「レオン。私たち、カップルに見えるんだね」


 と言いながらコロッケを差し出した。

 レオンシュタインは気がつかないのか、別の置物の店に夢中になっていた。


「あっ! この置物、かっこいい!」


 ティアナは無言でレオンシュタインに近づくと、頭を、がしっと右腕でホールドする。

 そして、


「おかみさんの話を聞こう! な!」


 と、コロッケを目の前に差し出しながら、凄みのある声で話す。

 レオンシュタインは、うんうんと凄い速さで首を振る。

 そして、差し出されたコロッケを一口食べてみる。

 新鮮なジャガイモがカラッと油で揚げられていて、香ばしい。


「このコロッケ、美味しい!」


 とレオンシュタインは感嘆の声を上げる。

 名物に美味いものなしというが、このグブズムンドルには当てはまらない。

 レオンシュタインはあっという間に食べ尽くすと、女将さんにコンサートホールのことを訪ねてみた。


「ああ、それならこの通りをまっすぐに進むとすぐに見えてくるよ。大きな建物だからさ」


 と、女将さんは笑顔で教えてくれた。

 レオンシュタインはティアナが食べる終わるや否や、すぐに出発した。


「待ってよ、レオン」


 レオンシュタインはどんどんと先に進んで行く。

 すぐに目の前には巨大なコンサートホールが見えてきた。


「ええっ? これ?」


 ティアナがびっくりするのも無理はなかった。

 巨大な石組みのコンサートホールは珍しくなかったが、見上げるくらい高い。

 しかも、周りにはたくさんのガラスを使用しており、そのガラスに囲まれたコンサートホールになっていた。

 総工費がどれくらいになるのか想像もつかない。


「豊かなんですね。この国は」


「そうだね。こんな巨大なホールは初めて見た」


 二人は口を開けたまま、入り口に近づく。

 入口に立っていた人が、にこやかに見学するように二人を促したので、遠慮なく中に入る。

 二人は中の設備を見て驚愕の声をあげる。


 優に3000人は超えるであろう座席数や、中央にある巨大なパイプオルガンが目に入る。

 周囲の観客席の飾りには、ふんだんに金箔が使われている。

 まさに光り輝くホールといっても過言ではなかった。


 二人は全てに圧倒されたまま出口に向かう。

 先ほど、見学を勧めてくれた人が声をかけてきた。


「どうでしたか。ヴィットリア=コンサートホールの印象は?」


 皇帝の亡くなった妻の名を冠したコンサートホールであると説明してくれる。

 レオンシュタインはその素晴らしさを褒め称え、


「こんなホールで演奏できたら、素晴らしいでしょうね」


 と感想を述べた。

 それを聞いた若者は、


「それでしたら、明日のチャレンジコンサートに参加されたらいかがですか? 演奏できる方は、誰でもオーケストラと合奏できるのです。明日は、特に予定が入っていませんよ」


 と気軽にレオンシュタインに参加を促した。


「本当にオーケストラと一緒に演奏ができるのですか?」


「本当です。ある程度、弾けることを証明してもらわないといけませんがね」


 と、事もなげに話してきた。

 レオンシュタインは、その証明させてくれる所について尋ねると、若者はにこやかに、


「私です。私はバルタザル交響楽団の楽団員、カウリと申します。」


 と自己紹介してきた。

 レオンシュタインがバイオリンを持ってきていないことを告げると、


「こちらでご用意いたします。しばらくお待ちくださいね」


 と奥へ入っていった。

 レオンシュタインはティアナに近づき、興奮して話しかける。


「ティア! これは、すごい事だよ。あのバルタザル交響楽団と演奏ができるんだね。ヴィフトさんの情報は正しかった」


「良かったね、レオン。今まで、楽団と演奏する機会がなかったものね」


 笑顔でティアナが答える。

 近くにいた警備員は、


(たまにいるんだよな。こんな自信過剰な演奏家が。まあ、自信がなくならない程度に、音楽を楽しめればいいが)


 と苦笑していた。

 こんな警備員でさえ、演奏家に敬意を払っているところに芸術への理解度が現れていた。

 そこにカウリが小走りで戻ってくる。


「お待たせいたしました。こちらをお使いください」


 カウリが手渡してくれたバイオリンは、きちんと手入れされている、ニスの色が美しいバイオリンだった。


「いいんですか、このような素敵なバイオリンを使わせてもらって」


「ええ、構いません。どうぞ、こ遠慮なく」


 レオンシュタインは嬉しそうにバイオリンを受け取ると、早速、調弦を始める。

 その瞬間、カウリの顔色が変わる。


(この人は、只者ではない)


 カウリはすぐにレオンシュタインの才能に気付いた。

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