第91話 陸地、最高!!

 王国歴162年12月14日 昼 船上にて―――


「陸が見えてきたぞ!」


 船員の言葉に全員が甲板に走り出ると、確かに地平線の上に白い山々が広がっていた。

 1週間、船酔いの中、トラブルはあったが、全員無事にグブズムンドル帝国にたどり着くことができそうだ。


「寒!」


 ヤスミンが首をすくめるのも無理はない。

 気温はマイナス18度で、塗れたタオルも短時間で凍ってしまう。


「入港する港まで、あと2時間ほどです。ご準備をお願いしますね」


 ヴィフトの表情は明るい。

 ようやく戻ってきたという嬉しさがあるのだろう。

 ヨークトルも腰に手を当てて、背筋を伸ばす。

 ただ、レオンシュタイン一行はヤスミン以外は全員ぐったりとしていた。


「……とにかく、陸に着くのはありがたい」


 巨漢のバルバトラスでも、こたえたらしい。

 フリッツも馬と一緒にいたのはいいが、そこでずっと寝ていたというオチまでついた。

 とにかく、もうすぐ揺れない大地に立てることがありがたい。


 ゆっくりと陸地が近づき、教会の尖塔やフィヨルド独特の平らな山が目に入ってくる。

 町は雪で覆われていて、全体的に青白い印象を受ける。

 時刻は午後3時というのに、すでに薄暗かった。


 その中、船はゆっくりと岸壁に近づく。

 ホーサー(係留索)が放り出され、港のビット(係留柱)に結ばれる。

 固定を確認されたあと、ようやく下船となった。


「陸地! 最高!!!」


 レオンシュタインたちが笑顔で見つめる中、ティアナとイルマが大声を上げながらタラップを走り降りていく。

 まだ地面が揺れているような気はするが、確かに大地だ。

 全員が下船したのを確かめるようにヴィフトがやってきて、滞在についての説明を始めた。


「レオンシュタイン様、こちらの書類があれば、お好きな宿に10日間、無料で泊まることができます。また、10日後に滞在を延長するのか確認に参りますので、考えておいてください」


 レオンシュタインは滞在の延長はどれくらいできるのか尋ねてみた。

 ヴィフトは自費滞在であれば1年間は可能であることを説明する。

 しかも6人が望むのであれば、働いたり、学んだりも可能であることも付け加える。

 ただ、無料は10日間だけとのことだった。


「そうそう、レオンシュタイン様に是非とも伝えておきたい情報があります。我が国のチャレンジコンサートに参加されたらいかがでしょう? 演奏を望む方は誰でもオーケストラと合奏できるのです」


「えっ? 本当にオーケストラと一緒に演奏ができるのですか?」


 レオンシュタインは食い気味に尋ねる。


「本当です。ただ、ある程度、弾けることを証明してもらわないといけませんが、レオンシュタイン様であれば大丈夫でしょう」


 そう伝えると、ヴィフトは優雅に礼をし、


「それでは、帝国で素敵な時間をお過ごしください」


 と話すと、あっという間に立ち去ってしまった。


 レオンシュタインたちも、これからの宿を決めなくてはならない。

 辺りはすでに薄暗くなっており、フリッツはとりあえず馬車に乗るよう促した。

 馬車はゆっくりと北の大地を走り出す。

 雪は覆っているものの馬車の走行には支障がない。


「これが北の帝国か。さすがに華やかですね。」


 初めて見る異国の大都市に、レオンシュタインは興奮を隠せない。

 目の前には白い壁がひときわ目立つスコルグリムス教会がそびえ立っている。

 遠くからでも目立つこの白亜の教会は、帝国のシンボルとして名高い建物だ。


 周りにはカフェやレストランが目立ち、観光客もひしめき合っている。

 物価が安定し、人々も豊かに暮らしていることがよくわかる。

 人々の笑顔が眩しい。


「本当に素敵な街並みですね。これで寒くなければ……」


 寒さに弱いティアナが震えながら話す。

 12月ともなると、降雪こそ少ないものの、寒さは−20℃を下回る。

 あちこちにホットワインを売っている売店があるのも分かる。

 レオンシュタインはそれらに目もくれず、宿について相談する。


「滞在する宿を決めてしまいましょう。明日はコンサートのことを調べます。本当に楽しみです」


 それを受けて、フリッツが1つの候補を挙げる。


「先ほど通り過ぎた北の滝亭はどうですか。名前も綺麗ですし。」


 レオンシュタインは大きく頷きながら、そこに行くことを決定する。

 北の滝亭は教会からそれほど離れていない場所にあり、厩舎も併設されている二階建ての宿だ。

 厩舎に馬をつないだ後、宿の中に入った瞬間、ふわっとした温かな空気が全員を包む。


 中はテラスの天井がガラス張りとなっていて、明るい光の中で食事やコーヒーを楽しめる作りになっていた。

 白と茶色で統一された店内は落ち着いた雰囲気で、調度品も高級なものが目に入る。

 特に椅子は名産だけあり、背もたれが半月状のグブズムンドル風が目立つ。

 窓際には、北国では育たないような観葉植物が並べられており、緑が目に優しい。


「普通の宿でこのレベルなら、高級な宿はどうなんでしょうね?」


 軽いため息をつきながら、ティアナは話す。

 そこに、宿の主人が現れた。


「ようこそ。北の滝亭へ。私は主人のヨウンと申します」


 好印象を強く印象づける笑顔で挨拶をされる。


「素敵な宿ですね。テラスで食事をするのが楽しみですよ」


 レオンシュタインが握手をしながら、笑顔で返す。


「ぜひ、楽しんでください。あのテラスはうちの自慢でして、気持ちよく太陽を浴びることができると自負しております」


 会話を一通り楽しんだ後、部屋について相談する。


「では、お客様。本日は2部屋をご準備させていただきます。男性3名と女性3名ですので、その2つでよろしいですか?」


「もちろんです」


「分かりました。それで、何泊のご利用でしょうか?」


 レオンシュタインは10日間であることを伝えると、


「分かりました。値段は銀貨9枚(約9万円)になります」


「えっ? 一人あたりですか?」


 レオンシュタインが慌てて問い直すと、ヨウンは笑顔を崩さずに、


「いえいえ、6名様10日間の宿泊で銀貨9枚になります。もし、予算に合わないようでしたら、別な部屋をご用意しますが」


 ティアナは慌てて、手を振りながら、


「そうじゃなくて、こんな素敵な宿に6人が10日間も宿泊して、銀貨9枚ですか?  

 安すぎます。……もしかして、食事が別とか?」


「まさか。朝夕2食のハーフボードのお値段です」


 レオンシュタイン一行は心から感動してしまった。


「なぜ、こんなに安いのでしょう? こんな素敵な宿でしたら、10日で一人銀貨20枚が相場と思いますが?」


 フリッツが尋ねると、ヨウンは何でもなさそうにそれに答えた。


「お褒めいただき恐縮です。ただ、これは皇帝の方針でして」


 聞くところによると、皇帝の命令で、観光に力を入れることが決まってからというもの、宿泊者に対して補助が出されているとのことだった。


「私どもの宿であれば、一泊につき正規の代金の70%が補助されることになっています」


 レオンシュタインたちは、その補助率に仰天した。

 それほどの補助が出せるほど、この国は裕福なのか。


「はは、話はこれくらいにして、お部屋に案内させていただきますね」


 ヨウン自らが2つの部屋を案内してくれた。

 どちらも、綺麗でよく掃除されており、室内も明るくなるように光を取り込む作りが特徴的だ。


「それでは、ごゆっくり。夕食は18時からになります」


 そういうとヨウンは去っていった。

 食事まではあと2時間ほどのため、人はまずレオンシュタインたちの部屋に集まる。

 ティアナが、まず口火を切った。


「このあとはどうするの? レオン」


「自分は明日のコンサートの場所を確認したいんだけど」


 すると、イルマとヤスミンは同時に同行を願い出た。


「当然、私もついていくね」


 当たり前という風にティアナが答える。


「わしは少し休ませてもらおうかな」


 バルバトラスは好奇心はあるものの、まずはゆっくりと船旅の疲れを取りたいらしい。

 レオンシュタインは同行者にティアナだけを指名した。


「二人は……その、目立つから、今日は休んでて欲しいかな?」


 すると二人は気色ばんで、


「それはおかしい。何でティアナだけ?」


 と同行を主張した。


「こいつだって、目立つ」


 ヤスミンは納得できない。


「いや、ティアナは仮面だから大丈夫。二人は……その美人さんだから、いろいろ目立ちそうだし」


 二人とも軽く頰を染め、黙ってしまう。

 逆にティアナは、


「レオンシュタイン様、私は違うとおっしゃりたいのですか?」


 と不満そうだ。


「と、とにかく、今日は二人で行動する。いいね」


 みんながとりあえず頷き、準備のために、それぞれの部屋に戻っていった。

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