第88話 イルマ、己の腕前を試す

 王国歴162年11月30日 昼頃 ユラニア王都 城門付近にて―――


「レオンシュタイン様、そろそろ出発いたします」


 待ち合わせの場所で、ヴィフトがにこやかに宣言する。

 ただ、レオンシュタインは王国の対応に心配が募る。


「ヴィフト殿、昨日の今日で大丈夫でしょうか?」


 するとヴィフトは何でもなさそうに、


「おそらく大丈夫だと思いますよ」


 と、のんびり答える。

 常に微笑のため、会話する人を落ち着かせてしまう気がする。

 これも外交官の実力なんだろうとレオンシュタインは素直に尊敬の念をもつ。


「じゃあ、行きましょう」


 ヴィフトの馬車が3台、フリッツの馬車が1台、隊列を組んで北に向かっていく。

 レオンシュタインとティアナはヴィフトの馬車に同乗し、様々な打ち合わせをすることになっていた。


 ヴィフトによると王都は港の近くにあり、王国の貿易の中心になっていると説明する。

 雪が本格化する前に、近道を通ってまっすぐ港に向かうと教えてもらう。

 王都の街道はそれなりに整備されているために、特に走行に問題は無かった。

 ガタガタと音を立てながら、ゆっくりと進んでいく。


「王都シュヴァーリンの人口は60万を超えるそうですよ。我が帝都イーサフィヨルズゥルは30万人。ここを訪れる度に、賑やかさを感じます。ただ……」


「ただ?」


「人々の顔は我が国の方が明るいと自負しております。我が国は、人々を幸せにできるよう王が働いておられますから」


 尊敬の念を込めながら王の治世を称えている。

 さすがに有能な官僚である。


 馬車は北方に進み、街道の左右は牧草地が見られるようになってきた。

 豚や牛の堆肥の匂いも漂ってくる。

 会話が途切れたところを見計らって、ティアナが質問する。


「ヴィフトさん、グブズムンドル帝国までは船でどれくらいかかるんですか?」


 ヴィフトは1週間程度であると答える。

 ティアナはおそるおそる、気になっていたことを尋ねる。


「船って気持ち悪くなるんですか?」


 ティアナはこれまで、一度も船に乗ったことがない。

 レオンシュタインも同様のため、とても気になることろだ。

 ヴィフトはよい薬もあるし魔法でも症状を緩和できると伝え、二人を安心させる。


「ただ、これは個人差がありますから。眠ってしまった方が辛くないと思います」


 二人は自分は辛くない方に入りますようにと、必死で願うのだった。

 この時代、一般の人が船に乗って外洋を乗り越え、旅行することはほとんどなかった。

 船は内陸部の湖や近海で漁をするために使われたり、川を渡るときに使われたりするものに過ぎなかった。

 

 よくそれだけ話の種があるものだとティアナが呆れるくらい、レオンシュタインとヴィフトはずっと会話をしていた。

 ヴィフトの話はフリッツとは別のベクトルのことが多く、レオンシュタインはそのどれもが興味深く、また楽しいのだった。


 暗くなる前に、一行は大きな広場にたどり着く。

 グブズムンドル帝国がいつも利用しているこの広場は、馬車や馬を置けるだけのスペースがあり、トイレまで常設されていた。

 ヴィフトはここをいつも利用していると、事もなげに答える。


「宿には泊まらないんですか?」


 その問いにヴィフトは苦い笑いで答える。


「我々が王国と正式に国交を結んだのは5年前です。まだまだ、親密というわけでもないのです」


「道中、危険はないですか?」


 ヴィフトは、近くにいた護衛を呼び寄せた。


「私達の護衛ヨークトルです。使節団の警備主任になります」


 レオンシュタインはぎこちなく握手を交わす。

 固い拳と逞しい体つきを見ても、常人とは思えない。

 この男が警備をしている限り安心だろう。

 ヨークトルは無口な男らしく、必要なこと以外は話さなかった。


「どなたか腕前を試してみませんか?」


 ヴィフトは安心してもらおうと口を滑らせたが、それに一人だけ敏感に反応した者がいた。

 イルマだ。


「私が戦う」


 というと身体のストレッチを始める。

 ヴィフトは困ったことになったと思ったが、ヨークトルに手加減をするように言い含める。

 そして、訓練用の木剣を持ってくるように命じた。

 レオンシュタインは妙なことになったと思いながら、イルマの身を案じていた。


「イルマ。別にやらなくていいんだよ?」


「いや、自分を試してみたい。いい機会だから」


 顔のスカーフを外し、身体を覆っている防寒具やマントを外す。

 イルマの均整のとれた肢体は嫌でも男達の目を引いた。

 最近は食事が美味しいとよく食べているため、余計に女性らしい身体のラインとなっていた。

 レオンシュタインも目のやり場に困る時があるくらいだ。


「じゃあ、やろうか」


 イルマはヨークトルと対峙たいじし、戦う前からその強さを肌で実感する。


(これは、全力でいっても危ないかも)


 目を細めながら、合図を待つ。

 審判役のヴィフトが初めの合図を出した。

 その瞬間、イルマは雷光のように相手に近づき、木剣を横にぐ。


 ガンと大きな音がし、ヨークトルは木剣の斬撃を防ぐ。

 飄々ひょうひょうとした態度だったが、内心ではかなり驚きを隠せなかった。

 イルマはすぐに後ろに退く。


(女性でこの剣……。かなりの腕前だ)


 今度はヨークトルが前に出る。

 そして、ごうっという音を立てながら剣を振り下ろす。

 当たっていれば怪我では済まない勢いだったが、イルマは勢いを受け流す。


 そして、そのまま相手の肩を斜めに切ろうとしたが、今回も相手に防がれてしまう。


(やはり一筋縄では、いかないな)


 相手の技量の方が上のようだ。

 イルマは息を整えると、流れるように連撃を繰り返した。

 かなりの速さで切り込んだため、ヨークトルは防戦一方だ。

 頃合いを見計らって、攻撃リズムを一瞬だけ外し、下から相手に切り込んだ。

 しかし、その一撃は相手の髪の毛を何本か飛ばしただけで、逆に剣を首元につけられてしまう。


「参った」


 イルマが降参する。

 ヨークトルは黙って、剣を下げた。


「やっぱり強いね」


 肩で息をしながらイルマは話す。

 ヴィフトは飲み物を持ってくるように話した。


「強いはずですよ。我が帝国騎士団の副団長ですから」


 レオンシュタインの一行から一斉に驚きの声が上がる。

 ヨークトルは黙ったままだったが気まずそうな雰囲気が漂う。


「でも、イルマさんはかなりの腕前と思いました。その美しい顔立ちからは想像も付かないほどの剣でしたね」


 イルマは相好を崩しながらヨークトルの方に近づき、話しかける。


「私を鍛えてくれない? 私は正規の訓練を受けたことがないからさ」


 ヨークトルはイルマが自己流でここまで強くなったことに驚いた。

 彼女の腕前は、帝国の隊長クラスだった。

 イルマに才能を感じたヨークトルは、


「……分かった。ヴィフト様の許可がいただければ」


 と答え、ヴィフトはすぐに許可を出した。

 そのため、時間があるときに訓練を行うことが決まる。

 使節団にはそのほか5人の護衛がいたが、そのメンバーと一緒に通常訓練を行うことになった。

 イルマは単純に喜んでいた。


(自分が強くなれば、レオンをもっと守れるからね)


 そう考えながら、みんなのもとに戻っていくイルマだった。


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〇ヨークトル1(帝国騎士団 副団長)のイラストはこちら。

https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330660408883124


〇イルマ5(帝国騎士団副団長と戦った頃)のイラストはこちら。

https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330660527670879


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