第87話 12月の星空

 レオンシュタインたちは馬車に戻ると、先ほど提案されたことを残留組に伝える。


「これは破格の申し出です。申し出を受けないと逆に悪いことが起きそうですね」


 フリッツが興奮しながら話す。

 ヤスミンは、


「マスター。そこにはケーキがあるのか?」


 と尋ねる。

 レオンシュタインは分からなかったので、フリッツとバルバトラスに話を振る。

 バルバトラスは1度だけ行ったことがあると言い、そのときに見つけたケーキのことを説明した。


シナモンロールコルヴァプースティが有名だったな」


「それは、美味しいのか?」


「美味い!!」


 バルバトラスは即答する。

 その瞬間、ヤスミンはきっぱりと行くことを宣言した。

 そのケーキに興味津々のヤスミンは、ぶれなかった。


 レオンシュタインはフリッツやバルバトラスの意思を確認することにした。

 これから北国に行くとなると、長期間の滞在になる。


「フリッツさん、バルバトラスさん。グブズムンドルに行きますか? すぐには中央大陸に帰ってこられないと思います」


すると、バルバトラスが心外そうに話す。


「おいおい、兄ちゃん。せっかくでグブズムンドルまで行くチャンスなんだろう? 当然、俺もそいつに乗っかるさ。頼むよ。こんなチャンス、人生でそうそうないからな」


 レオンシュタインの胸をドンと叩くと、笑いながら許可を求めてきた。

 二度目の訪問を心待ちにしている様子だ。

 また、フリッツも、


「私の馬車屋も休業状態です。ここまできたら、是非ともグブズムンドルまでご一緒させてください」


 と、頼み込んでくる。

 レオンシュタインは二人が一緒に行ってくれることを大いに喜ぶ。

 これ以上、心強い同行者はいない。


「こちらこそ、願ったり叶ったりです。じゃあ、この6人で行きましょう!」


「おう!!!!」


 そう決定し、早速準備に取りかかるが、王都には入れないため、一番近くの町まで移動する。

 その町には宿泊の施設がないため、水などの必需品だけを購入し、結局は野宿となった。


 雪こそ降っていなかったが、12月の夜は冷える。

 夜空は、空気が澄んでいるため星が美しく瞬いていた。


「いやあ、フリッツ様々だな。薪まで準備するとは!」


 バルバトラスが火にあたりながら、礼を述べる。

 周りのみんなも同様だ。

 馬車がいくら暖かいと言っても、火が無ければ外気温とほとんど変わらない。

 暖かいオレンジ色を眺め、みんなは心からほっとした。


「レオン。ずいぶん遠くまで来たね」


 ティアナがぽつりと話す。

 あの日から、もう3ヶ月が過ぎようとしている。

 命が狙われそうになったこともあった。

 それでも、レオンシュタインはいつも前向きで、素晴らしい音楽を奏でていた。

 そして、いつも優しかった。


 ティアナは柔らかい表情でレオンシュタインを見つめる。

 レオンシュタインも同じことを考えていたのだろう。

 同意しつつ、


「いろんなことがあったけど、素晴らしい出会いもたくさんあったね。イルマさん、バルバトラスさん、フリッツさん、ヤスミン、それに喪男同盟のみんな……」


 それを聞き、ティアナはふふっと笑う。


「レオン、クラウスさんのことを忘れちゃ可哀想。そんなに素敵なバイオリンをもらったっていうのに」


「忘れてないさ。あの温泉、また入りに行きたいね」


 そこまで言うと、レオンシュタインは、はたと膝を打つ。


「ねえ、ティア。シャルロッティさんのことを忘れてた! ドレスを駄目にしちゃったから、お金を返さないと!」


 みんな逃げることに夢中で、ドレスのことをすっかり忘れていた。

 ただ、今からではお金を返そうにも手段が無い。

 すると、フリッツが、


「信頼が置ける私の友人がこの近くに住んでおります。その友人にお金を届けてもらったらどうでしょう?」


「はい! そうしましょう?」


「えっ?」


 レオンシュタインの即答にフリッツは戸惑う。

 でも、レオンシュタインは笑顔で、


「フリッツさんが信頼しているなら、私もその方を信頼します。また、万が一のことがあっても、何とも思いません」


 フリッツはレオンシュタインが相変わらずであることに、心から嬉しく思った。

 明日の朝に、馬でひとっ走りしてきますとフリッツは約束する。

 レオンシュタインはシャルロッティにお詫びの手紙を書き、お金の袋も用意する。

 それには銀貨100枚が入っていた。


「太っ腹だな。兄ちゃん!」


 と言いつつ、シャルロッティへの優しさを自分のことのように喜ぶバルバトラスだった。

 シャルロッティには、いろいろ困ったことが起こるかもしれないとバルバトラスは予想していたが、今はこれくらいしかできることはない。


 また、イルマは別のことに思いを馳せていた。


「主。私、主と出会ったときのことを今でも思い出すんだ。あの時の水車の音がさ、今でも耳に残ってる」


 さりげなくレオンシュタインの側に座り、火を見つめる。

 ぱちっと小枝が弾ける音がする。


「あの時、私、もう、どうでもいいかなって思ってたんだよね。それに、あのとき『ばけもの』って言われたでしょ。実はすっごく傷ついたんだよね」


 少し俯き加減な姿勢になり、イルマは脚を抱える。

 レオンシュタインは少し心配になり、イルマの側にそっと近づく。


「あの時、主はずっと私の側にいてくれて。私、本当に嬉しかった」


 小さく微笑むイルマの顔に幸せそうな表情が浮かんでいた。

 レオンシュタインもつられて笑顔になる。

 イルマがそのまま横に倒れて、頭をレオンシュタインにくっつける。


「あのときの続き、しよっか?」


「は?」


 人前で何を話すのかとレオンシュタインは周りを見渡すと、


「ねえ、レオン。あのときの続きって、何?」


 低い声が聞こえてきた。

 いつの間にかイルマの反対側にティアナが座っていた。


「え? 何もな……」


「正直にね」


 それを聞いていたイルマは、座ったままレオンシュタインを強引に抱きしめる。


「こういうこと!」


 その瞬間、ティアナは二人を引き離そうと、二人の間に強引に割り込んでいた。


「ティアナ、無理すんなよ」


「ティア、痛いよ!」


 いつものような光景が広がり、12月というのに、ここだけは暖かい空気に包まれていた。

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