第81話 メイドさんの本気

「申し訳ありません。夕食はドレスコードがありまして、カジュアルな服の場合は衣装をお貸ししておりますが、いかがいたしますか?」


 夕食の会場の入り口で、一行は店員にやんわりと注意される。

 フリッツもまさかドレスコードがあるとは思いもよらず、早速、対策を考える。


「私とバルバトラスさんは、服を持っています。ただ、レオンさんとティアナさんたちは借りるしかありませんね」


 フリッツは傍らに控えている店員に、4人に似合う服装を依頼した。


「かしこまりました。衣装代として銀貨2枚いただきます」


 痛い出費だが仕方がない。

 フリッツとバルバトラスは一旦部屋に戻り、着替えてくると宣言した。


「では、またこの場所に集合しましょう」


 4人は着替えのために、男女別の部屋に案内される。

 レオンシュタインは合う服を見繕ってもらうとすぐに着替えを済ませる。

 鏡の前で自分の姿を見ると、旅の前よりも一回りサイズが小さくなっていることに気付く。


(運動してるからなあ)


 昔、カチヤに運動するように言われていたことを思い出す。


(カチヤ、にいは体重を減らしたよ。見て欲しかったな)


 少しだけ感傷的になりながら、集合場所に戻っていった。


 一方、女性陣の方は問題が発生していた。

 風呂上がりの3人の無造作な髪をとかしていたホテル付きのメイドさんは、イルマとヤスミンの美貌を見て、メイド魂に火がついてしまったようなのだ。

 ティアナは仮面があるため、別の部屋に通される。


「こんなにお二人とも美しいのに、お肌のお手入れがなってません。どんな生活をしていたのですか」


 叱られてしまう始末だ。

 イルマは素直に2週間、野宿だったことを伝える。


「はあ? あなた方の主人は鬼畜ですか? こんなお姫様のような方を」


 そう言うと、二人に台に寝そべるよう促した。

 棚からクリームを取り出し、蓋を開けると、手に一杯のクリームを盛り上げる。

 それを顔や手足に塗りつけると、念入りにマッサージを始めた。


「ご、ご飯……」


 ヤスミンが意外な成り行きに困惑している。

 ご飯を食べるだけなのに、なぜマッサージが必要なのかという顔だ。

 すると、メイドさんは主のためにも美しく装うのはマナーですよと優しくたしなめる。


「誰かのために美しくありたいっていうのは、大切な気持ちだと思います。それに意中の方がいらっしゃるのであれば、なおさらです」


 ヤスミンがマッサージをしている最中は、イルマは台に腰掛けていた。

 メイドさんの話は今まで気にしたことの無い世界の話で、そんなものかと、興味深く話に耳を傾ける。

 姿勢は自然に脚が左右に広がってしまう。


「脚!」


 ピシッとメイドさんはイルマを指さし、注意する。


「それはマナー違反! 脚は閉じて、少し斜めに傾ける」


「ええ、めんどくさ」


「いいからやりなさい!」


「……はい」


 そう言うと、もう一人のメイドを呼び、髪のセットと化粧、マッサージを全てやり切ると宣言した。


「特別サービスです」


 一方、ティアナも苦闘していた。

 まず、ティアナは仮面をかぶっていたため、それを注意される。


「まずは仮面を取りましょう」


「……はい」


 ティアナは仕方なく解呪の魔法を唱える。

 仮面が光に包まれて、下からティアナの顔が現れる。

 メイドは腰を抜かさんばかりに驚いた。


「驚かせたみたいで、すみません」


「いやいや、貴方。問題はそこじゃないですよね? 何で、こんな美人であることを隠しているんですか?」


「別に隠しているわけじゃ」


「ま、いいです。これは、私も本気を出さないといけませんね」


 そういうと奥からメイドを二人呼び、この人をお姫様に仕立て上げることを宣言した。


「わあ、楽しそう」


「本当にお綺麗ですね」


 ティアナの気持ちとは裏腹に、本格的な準備が始まった。


「化粧はどうします?」


「奥にある一番上等なものを持ってきて」


 すぐに奥へ走っていくメイドさん。


「では、服装はどうしましょう?」


「ほら、あの前に王宮用に準備したものがあったでしょ。それくらいじゃないと衣装が負けちゃうよ」


「わかりました」


 これまた、奥に向かって服を取りに行く。


「さあ、では早速、お化粧に入りましょう」


 目が怖いメイドさんたちへ、ティアナはお手柔らかにと小さな声で話す。

 そのあとは3人のなすがままだった。


 待ち合わせ場所では、男性3名がずっと待っていた。

 もう、1時間になろうというのに、女性陣が誰もやってこないのだ。


「何かトラブルでしょうか?」


 そう心配していると、ようやく3人が現れる。

 髪の毛がきっちりとセットされ、髪飾りまでつけている。

 ご飯を食べるのに、どうして? というほどの気合いの入り方だ。


「ごめんね、レオン。なんかさ、こんな流れになっちゃって」


 ティアナはうっすらと化粧までされ、ドレスも上等のものを着ている。

 昨日までとの落差が激しすぎるため、レオンシュタインは別人と話しているような気がしてならない。


「主…」


「マスター…」


 コルセットを着けられた二人が泣きそうになりながら、レオンシュタインの前に出てくる。

 イルマはより妖艶に、ヤスミンは爽やかさを強調された化粧となっていた。

 二人ともお姫様のようだが、もう泣かんばかりの表情になっていた。


「主……。貴族は大変だな。こんなことを毎回……」


「ご飯……」


 すると、メイドさんが


「はい、背中伸ばして!」


 ビシッと注意する。

 その姿が面白くて、レオンシュタインは笑ってしまう。


「3人とも、素敵な淑女になったね。では、早速、夕食の会場に行こうか」


 フリッツは自分が思ってもいない方へ事態が進むことに困惑する。


「目立つことはしたくなかったんですがねえ」


 ため息をつきながらレオンシュタインに話す。

 それでも、ホテルの好意には感謝するしかない。

 3人が歩くだけで、ホテルの廊下まで豪華になったような気がする。

 光り輝くような乙女が歩いて行くと、花びらが舞っているような錯覚さえ覚える。


「どう? レオン、似合ってる?」


「口調!」


「レオンシュタイン様、私の衣装はどうですか?」


 さすがにティアナが可哀想になり、メイドさんに優しく注意をする。


「あの、私たちは気軽に食事を楽しみたいのです。口調もいつも通りで構わないと思いますよ」


「出過ぎた真似でした。申し訳ありません」


 そうこうしているうちに会場に到着する。

 50人ほどがゆったりと座れるスペースがあり、椅子も細工が施してある高級なものだった。

 白を基調とした壁に茶色の絨毯が敷かれており、明かりのランプが所狭しと並べられている。

 壁の絵は風景画が中心で、山々の美しい様子が描かれている。


 これだと確かにドレスコードが必要だろうとレオンシュタインは一人納得する。

 そして案の定、6人が会場に入った瞬間、いやでも注目を集めてしまった。


「おい! なんだかすごい一行が来たぞ」


「凄く美しいわ。どこのお姫様かしら?」


「あの可憐な美少女は俺のもの」


 会場の奥に案内されるが、全く落ち着けそうになかった。

 全員は、椅子に腰掛け、料理が運ばれてくるのを今か今かと待っている。

 その間に、レオンシュタインは店内の給仕に声を掛けていた。


「実は友人のためにバイオリンを弾きたいのですが、食事の邪魔になるでしょうか?」


 給仕は奥へ行き、相談を済ませると問題ないと伝えた。


「よほど変な音を出さない限り、問題ないそうです」


 レオンシュタインはお礼を言って、席に戻る。

 すると、そこにはすでに料理が運ばれていた。

 パンとスープ、野菜サラダが並べられ、ソーセージやハムなども皿に大きく盛られている。

 また、周囲には、別の料理が並べられており、特に果物やケーキが充実していた。

 特にフルーツケーキは彩りも鮮やかで、ヤスミンはそちらばかりを見ていた。


 レオンシュタインの乾杯と同時に、みんな食べ物との格闘を始める。

 本格的な料理は久しぶりで何を食べても美味しい。

 卵のオムレツは特に絶品で、イルマはおかわりをする。

 レオンシュタインもスープに口をつけると、シュトラントとは違ったスパイスが口に広がった。


 一通り、ご飯を食べると、レオンシュタインがバイオリンを取り出す。


「もっと食事が美味しそうになる曲を」


 ゆっくりとバイオリンの調べが流れ始める。

 食事を邪魔しないような小さい音で弾いているにもかかわらず、会場中の耳目を集めてしまう。


「えっ? この演奏、凄くね?」


「かなりの腕前ね。というか美しい」


 この曲は家族全員で食事をとっている幸せを表現した曲で、エミル・オッフェンバッハの代表曲にもなっている。

 その音色の素晴らしさに、周りの客達は食事の手を止めてしまい、音楽に聴き入っていた。


 その演奏を聞いていた支配人は、すぐ給仕にあの華麗なるテーブルのことについて尋ねる。

 滅多に出会えないほどの美しい乙女が3人に、これまた滅多に出会えないくらいの凄腕の演奏家。

 支配人は幸運がこの宿にやってきたことを直感した。


(これを逃すわけにはいかない)


 そう考えると、これからお願いすることについて、副支配人でもある妻に打ちあける。

 そして、ある意思を固めると、食事が終わるのを待ってレオンシュタインたちのテーブルに向かったのだった。

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