第80話 地獄から天国へ
王国歴162年11月7日 早朝 潜伏している草原にて――
次の朝、フリッツはいつも通りの笑顔になっていた。
馬を優しく世話し、飼葉を荷台の下から取り出して、たくさん食べさせていた。
馬も休息を取るべきなのに、毎日、荷台を引っ張り続けている。
感謝の気持ちが溢れるような世話っぷりだった。
ただ、人間用の食べ物は心もとなくなってきたため、補充も兼ねて街へ行く必要が出てきた。
危険は伴うが、やむを得ないとレオンシュタインは判断する。
万が一のことを考えて、郊外に馬車を止め、買い物はフリッツがすることになった。
一番、辺境伯家に顔を知られていないのはフリッツだが、フリッツも城内にいたのは確かだ。
絶対の安全など無い。
フリッツは用心しながら手早く買い物を済ませる。
特に、飲み水や野菜は多めに購入した。
これくらいなら3日ほどは大丈夫だろうと街を離れようとする。
その時、辺境伯の紋章をつけた2頭の騎馬が目に入ってきた。
フリッツは平静を装いながら、その動きを伺う。
道行く人々に、怪しい馬車を見なかったか尋ねてまわっている。
(すぐ戻ろう。しばらく潜伏が必要だ)
そう判断すると、荷物を抱えながらフリッツはみんなのところへ戻る。
「どうやら辺境伯が警戒網を広げているようです。しばらく、イェーガー沼の所に潜みましょう。2週間ほどは必要ですね」
けれども、レオンシュタインはフリッツを雇うだけのお金を捻出できそうになかった。
すると、バルバトラスが懐からお金の入った袋を取り出す。
「この金を使ってくれ。まあ、伯爵家三男への貸し付けなら、取りはぐれることもないだろう」
中を見ると、銀貨が詰まっている。
レオンシュタインは袋を押し抱き、バルバトラスに感謝を述べる。
「なあに、俺は美味しいご飯と美しい音楽があれば、何もいらない男だ。ということで、レオン。毎日、弾いてもらうぞ」
「任せてください」
イェーガー沼への滞在は2週間に及んだ。
焚き火の薪の準備は大変だったが、フリッツがどこからか仕入れてくる。
ヤスミンたちが森で拾ってくるのも助けになっていた。
日一日と、沼の辺りは寒くなり、気がつくと季節は11月の半ばを過ぎていた。
食べ物はフリッツが購入してくるものだったが、量が少しずつ減ってくる。
「野菜等はあまり出回らなくなりました。保存食を購入してきます」
そのたびに、辺境伯家の家来がまだうろついていることに気付く。
その執念深さに驚異を感じるフリッツだった。
冷たい風が少しずつ多くなり、ティアナたちは身体を拭くお湯を確保するのが大変になった。
服装も冬用に変える必要がある。
けれども、フリッツは慎重だった。
「今は我慢の時です。戦闘をしたとしても、必ず私たちが負けます。組織的な部隊に個別の武勇で立ち向かうのは無理です。いくらティアナさんの魔法がすごくても、それを抑える魔法使いを辺境伯家では雇っています。組織には組織での対応が必要です」
そう言って、みんなの
フリッツが出発を宣言したのは、11月も終わりに近づいた頃だった。
「敵の姿が見えなくなってきました。出発しましょう」
薄暗くなってから、馬車は出発する。
そのまま、コムニッツの首都に向かって街道を進んでいく。
みんなの顔に疲労の色が濃い。
もう野宿も限界だろうとフリッツは考える。
レオンシュタインやバルバトラスはまだ耐えられようが、ティアナたちが風呂に浸かれないのは気の毒過ぎた。
3人ともあの美貌なのに、文句ひとつ言わずに付いて来ているのだ。
それも愛というのか、4人を見るたびにフリッツは微笑ましい思いを抱く。
「今日は宿に泊まりましょう。以前、泊まった宿があります。ここのオススメは何と、お湯がふんだんに使えることですよ」
「わあ!」
ティアナは思わず歓声を上げてしまう。
聞くと、その宿は山の奥にあり、お湯が川のそばに湧き出ているというのだ。
そのため、サウナも併設していて、温まったら川へという楽しみ方ができるらしい。
ただ、料金は普通の宿よりは高く、1泊一人銀貨5枚かかるとのことだった。
「えっ? そんなお金は……」
レオンシュタインは絶句するが、フリッツは平気な顔だ。
「バルバトラスさんのお金を使わせていただきましょう。ちょうど、それくらい残ってますから」
「おいおい! 俺が無一文になるよ」
するとフリッツはニヤッと笑い、
「伯爵家から返してもらいましょう」
と、こともなげに言った。
まあ、それもありだなとバルバトラスは、あっさりと許可してしまった。
レオンシュタインは、笑顔がひきつる思いだった。
宿は小さな宿だったが、内装は豪華だった。
貴族のお忍びの客もよく来るとの案内に、自分も貴族なんだがなあと面白く思うレオンシュタインだった。
部屋は、2部屋を確保できて、みんな室内に飛び込むように入った。
今までの野宿を思い出し、屋根のある建物がどれほど気持ちよく安全なのか、その感慨に耽る6人だった。
夕食ができるまであと2時間と聞いた6人は、すぐ温泉に入りに行く。
「私はサウナだ!」
レオンシュタインはサウナが楽しみでたまらない。
服を脱ぐのももどかしく、すぐにサウナの部屋に入る。
中は薄暗く、ほのかに薔薇の香りがする。
「これは、素晴らしい施設だな」
バルバトラスは手足を伸ばしながら、話しかける。
レオンシュタインは、汗をかきながら、満面の笑みになる。
フリッツも、額の汗を拭いながら、
「ここは高級ですので滅多にこられないですね。それでも、気持ちがいいため忘れられない宿の一つです」
ひたすら汗をかきつつ、ずっとサウナを楽しむ3人だった。
一方、ティアナたちは身体を洗い、すぐに湯船に浸かる。
「あ~。温泉って最高ね」
ティアナは笑顔満面の表情でお湯を顔にかける。
はたから見ると、黒い仮面に全裸というのは周囲に警戒されてしまう。
「ティアナ、温泉の時くらい仮面をとったら?」
ティアナは誰かが入ってきたら、そうすると約束する。
ヤスミンは温泉が初めてなのか、その広さに驚いている。
「全部、お湯か……」
バシャバシャと軽く泳ぐヤスミンにティアナは注意する。
マナー違反である。
「分かった」
その場に立つヤスミン。
イルマも近くに寄って来る。
(大きい)
二人とも、かなり立派な胸を惜しげもなく晒している。
思わず下を向くと、二人とは比べ物にならない自分の胸がそこにあった。
「ねえ、どうやったらそんなに大きくなるの?」
ティアナが真面目に聞いて来るので、イルマは思わず笑ってしまう。
「おいおい、ティアナ。そんなこと気にするんだな」
「気にするわよ、男の人って、そういうのが好きなんでしょ」
後半はゴニョゴニョと口ごもってしまう。
イルマはティアナの近くに浸かり、
「主は気にしなさそうだけどな。以前、身体に何度もくっつけたのに、全然、反応が無かったし……」
「えっ? それっていつのこと?」
「あはは、ウソウソ。気にしないで」
「ちょっとイルマ! 気になるよ!」
ティアナも突っ込みができるくらい、温泉でリラックスできた。
ティアナたちは、たっぷり2時間はお湯に浸かり、それまでの疲れを癒やしていた。
温泉の後は、豪勢なご飯を食べられる。
みんな、それを楽しみに夕食の会場に向かった。
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